エビデンス編

全身既往とインプラント——糖尿病・骨吸収抑制薬・喫煙・抗血栓療法【エビデンス編】

暗い背景に積み重ねられた書籍。全身既往とインプラントについて一次資料を読み解くことを示すイメージ

全身既往のある患者さんへのインプラント適応は、病名の有無ではなく、疾患のコントロール状態と薬剤の投与量で判断されます。ただし、その判断を支える根拠の強さは、疾患ごとにかなり違います。糖尿病では生存率への影響が一貫して示されない一方で、喫煙では複数のメタ解析が同じ方向の効果量を出しています。抗血栓療法に至っては、日本のガイドラインがインプラント埋入を推奨の対象から外しており、拠り所が海外にしかありません。

この記事の位置づけ
患者さん向けの解説は第5講「持病があってもインプラントはできる?」にあります。こちらでは、各研究の症例数と信頼区間、ガイドライン原文の言い回しと強度ラベル、術式侵襲を加えた層別まで扱います。
4疾患に共通するのは、休薬を推奨するガイドラインが国内外に存在しないことです。

糖尿病——生存率に大きな差はない。差が出るのは骨レベルと初期安定性

生存率では差がつきません。差がつくのは、骨のレベルと、埋入直後の安定性です。

糖尿病がインプラントの生存を損なうという前提は、メタ解析の水準では支持されていません。Chrcanovic らが14研究を統合した解析では、失敗のRR 1.07(95%CI 0.80–1.44, p=.65)と有意差を認めていません。Moraschini らの同時期の14研究でも、失敗数に差はなく、1型と2型のあいだにも差はありませんでした。

一方、辺縁骨吸収は同じ Chrcanovic の解析で平均差 0.20 mm(95%CI 0.08–0.31, p=.001)と、非糖尿病群が有意に良好でした。生存というアウトカムと、骨レベルというアウトカムで結論が分かれます。術後感染についてはデータ不足で定量的統合ができておらず、この時点では効果量が存在しません。

研究 対象 アウトカム 効果量(95%CI)
Chrcanovic 2014 14研究 失敗 RR 1.07(0.80–1.44)p=.65
Chrcanovic 2014 14研究 辺縁骨吸収 MD 0.20 mm(0.08–0.31)p=.001
Andrade 2022 3研究・即時荷重 生存(良好な2型) RR 1.00(0.96–1.04)p=0.91
Andrade 2022 3研究・即時荷重 生存(不良な2型) RR 1.08(0.87–1.33)p=0.48
Oates 2014 117例234本 1年生存(HbA1c別) 非糖尿病99.0%/良好98.9%/不良100% P=.6510
Bencze 2024 28研究・1,761人3,902本 歯槽頂骨吸収(HbA1c 1%上昇あたり) +0.24 mm(メタ回帰)
▲ 生存をアウトカムにした解析では差が出ず、骨レベルをアウトカムにすると差が出ます

血糖コントロールの水準が効いてくるのは、どのアウトカムか

Bencze らが28研究・1,761人・3,902本を統合したメタ回帰では、HbA1c が1%上がるごとに歯槽頂骨吸収が 0.24 mm 増えるという関係が示されています。非糖尿病を基準にした骨吸収の平均差は、前糖尿病で 1.2 mm(95%CI 0.4–2.1)、コントロール不良の2型で 1.8 mm(1.0–2.7)、コントロール良好の2型で 0.4 mm(−0.3–1.1)でした。良好群だけが信頼区間に0を含みます。同じ解析でプロービング深さも同じ順序を示す一方、インプラント生存率には血糖コントロール群間で統計学的有意差を認めていません。

初期治癒の側からも同じ像が見えます。Oates らが共鳴振動数解析で42本を追跡した研究では、全例で埋入後2〜6週に安定性が最低値をとり、HbA1c 8.1% 以上の群で低下幅が大きく、ベースライン復帰までの期間が長いという結果でした。同じグループの117例234本のコホートでも、安定化の遅延は血糖コントロール不良と直接関連した一方、1年生存率は HbA1c の上昇と関連していません(P=.6510)。

即時荷重については扱いが分かれます。Naujokat らのレビューは糖尿病患者で即時荷重を避けることを推奨していますが、その後の Andrade らのメタ解析では、コントロール良好・不良のいずれでも即時荷重群と非糖尿病群の生存率に差が出ていません(RR 1.00 および RR 1.08)。レビューの推奨と、後発のメタ解析の効果量が一致していない領域だと理解しておくのが実際のところです。

インプラント周囲炎は、1型と2型で像が違う

スウェーデンの全国レジストリを用いた Trullenque-Eriksson らの解析(有病率 n=18,975)では、1型糖尿病でインプラント周囲炎の有病率が 21.1% 対 15.2%、OR 1.46(95%CI 1.05–2.04)と有意に高かった一方、2型では 20.5% 対 18.2%、OR 1.06(0.98–1.16)で有意差がありませんでした。傾向スコアでマッチングした発生率解析(n=2,030)では逆に、1型 HR 1.52(0.96–2.42)が非有意で、2型 HR 1.36(1.02–1.82)が有意という結果です。「糖尿病」で一括りにすると、この差が消えます。

もっとも、エビデンスの確実性そのものは高くありません。Giok らがインプラント周囲炎のリスク因子を対象に行ったアンブレラレビュー(12論文・41メタ解析)では、糖尿病・高血糖の格付けは suggestive にとどまり、convincing と格付けされた因子はひとつもありませんでした。highly suggestive は歯周炎(OR 3.84, 95%CI 2.58–5.72)と喫煙(RR 2.07, 1.41–3.04)の2つだけです。

日本の指針の数値は、インプラント固有の閾値ではありません

国内で引用できる公的な数値は、日本歯科医学会編『歯科インプラント治療指針』(平成25年3月)にあります。原文はこう書かれています。

通常の待機手術の基準は,他臓器の合併症がコントロールされた上で,HbA1c:6.9%以下(NGSP),空腹時血糖値140mg/dL以下,尿ケトン体(−)である.

読み落としやすいのは「通常の待機手術の基準は」という主語です。インプラント埋入に固有の閾値として示されたものではありません。一方、国際文献が実務上の分水嶺として採用しているのは 8% で、Bencze らの層別も ADA 基準(前糖尿病 5.7–6.4%、コントロール良好の2型 <8%、不良 >8%)に従っています。BSP が実装した EFP S3 レベルガイドラインの R5.5 も、良好を HbA1c 6〜8%、不良を >8% と定義したうえで、推奨度 B(we suggest to)・エビデンスの質 Moderate としています。

同指針は平成25年(2013年)のもので、糖尿病を「軟組織の創傷治癒不全や易感染性ばかりでなく,骨の治癒や骨結合にとってもリスク」と位置づけ、リスクファクターとなる全身疾患の表に収載しています。6.9% を超えていれば禁忌である、と読める記述は指針の中にありません。

骨吸収抑制薬——線を引くのは病名ではなく投与量

線を引くのは病名でも薬剤名でもなく、投与量です。骨粗鬆症の治療量なら禁忌ではありません。

2016年版のポジションペーパーでインプラント埋入は MRONJ のリスク因子とされ、どちらかといえば否定的に扱われていました。6学会合同のポジションペーパー2023 で、この位置づけが変わっています。

現時点では ARA 投与中の患者にインプラント埋入手術を行ってはならないとする根拠はない。

しかし、低用量 ARA に加え、他の BMA の投与歴、糖尿病や自己免疫疾患、人工透析中の患者など、MRONJ のリスク因子を有している場合は、決して無理な治療計画を立てるべきでなく、各々の症例についてインプラント以外の代替療法を検討すべきである

(高用量について)歯科インプラント埋入手術については、他の代替治療が存在することから ARA 投与中の患者には行うべきではない。

AAOMS の2022年更新版も同じ二分構造です。がん患者については Placement of dental implants should be avoided in the oncology patient receiving parenteral antiresorptive therapy or antiangiogenic medications. と明記する一方、骨粗鬆症治療下については robust data do not exist, and available data are conflicting としたうえで、インフォームドコンセントに MRONJ の低いリスクと早期・晩期のインプラント喪失を含めることを提案しています。Granate らのシステマティックレビューを引いて、ビスホスホネート投与期間が3年を超え、かつ全身性ステロイドを併用している場合の後方部埋入でリスク上昇の報告があるとも述べています。

薬剤・用量 MRONJ 発生率(AAOMS 2022) 国内の報告(PP2023)
骨粗鬆症・経口BP ≤0.05%(≤5/10,000) 0.104%(日本のコホート)、22.9/10万人年(レセプトデータ)
骨粗鬆症・静注ゾレドロン酸 ≤0.02% —
骨粗鬆症・デノスマブ 0.04〜0.3%(10年追跡で0.3%) 第Ⅲ相試験 0.2%、コホート 0.133%
がん・ゾレドロン酸 <5%(0〜18%) 高用量BPで1.6〜12.4%(低用量の約16倍)
がん・デノスマブ 0〜6.9%(多くは<5%) メタ解析で1〜2%、コホートで3.6〜33.3%
デノスマブ使用者のインプラント埋入後 0.5% —
▲ 骨粗鬆症治療量とがん治療量では、報告される発生率が1〜2桁違います

休薬について、原文がどう書かれているか

ここは要約すると意味が変わるため、原文のまま引きます。PP2023 の推奨は次のとおりです。

抜歯時に ARA を休薬しないことを提案する(弱く推奨する)

現状においては休薬の有用性を示すエビデンスはなく『抜歯時に ARA を休薬しないことを提案する(弱く推奨する)』とした

抜歯に際しての休薬の利益(MRONJ 発症率の低下)を検討した論文はいくつかあったが、いずれも利益を示唆する結果は得られていなかった。

Dmab 製剤は中止しないことが望ましいと考えられている。

AAOMS 2022 はさらに踏み込まず、合意に至らなかったことをそのまま記載しています。the working group was unable to reach a consensus regarding a recommendation on drug holidays and was evenly split ——一方は症例ごとに検討する立場、もう一方は never recommend drug holidays, believing that the risks of potential deleterious effects of suspending antiresorptive therapy may outweigh a benefit という立場でした。デノスマブについては中止後のリバウンド性骨吸収亢進と多椎体骨折のリスクを別途明記しています。

誤引用に注意
「AAOMS が休薬を推奨している」と書くのは誤りです。2022年更新版の記載は、エビデンスが inconclusive であり、ワーキンググループの見解が二分したという事実の報告にとどまります。PP2023 は「休薬しないことを提案する(弱く推奨する)」であり、いずれも休薬を支持していません。

骨粗鬆症という疾患そのものは、生存率に影響していない

薬剤ではなく疾患そのものを対象にした Kim らのシステマティックレビュー・メタ解析(定性14研究・定量7研究、生存解析3,774本)では、生存 RR 1.00(95%CI 0.97–1.02, p=0.73, I²=0%)、失敗 RR 0.96(0.59–1.56, p=0.87, I²=0%)と、いずれも差がありませんでした。辺縁骨吸収は MD 0.22 mm(−1.69〜2.12, p=0.39)ですが I²=86% と異質性が大きく、解釈には注意が要ります。同レビューは、収載研究における骨吸収抑制薬による層別が不完全であり、疾患そのものの影響と薬物治療の影響を分離できないことを限界として挙げています。

方向の異なる報告もあります。Cheng らが閉経後女性631名・1,472本を最長20年追跡したコホート(Crupi らのシステマティックレビューが再掲)では、経口 ARA 使用群の20年生存率が 94%(95%CI 90–96%)、未投薬の骨粗鬆症・骨減少症の対照群が 84%(79–88%)、健常対照が 89%(85–92%)でした。未投薬の骨粗鬆症群が最も低いという結果で、Kim らのメタ解析とは像が一致しません。同コホートでの MRONJ は治療群124例中2例です。

喫煙——最も一貫したリスク因子。ただし禁煙プロトコルの根拠は薄い

4疾患のなかで、効果量が最も大きく再現性も高いのが喫煙です。失敗は約2.2倍。

効果量の大きさと再現性の両面で、4疾患のなかで最も一貫しているのが喫煙です。Chrcanovic らが107論文を統合した解析では、喫煙者19,836本の失敗が 6.35%、非喫煙者60,464本が 3.18% で、RR 2.23(95%CI 1.96–2.53, P<0.00001)でした。術後感染も RR 2.01(1.09–3.72, P=0.03)、辺縁骨吸収は MD 0.32 mm(0.21–0.43, P<0.00001)です。

顎位別では上顎が RR 2.22(1.63–3.01, P<0.00001)で有意、下顎は RR 2.61 ながら 95%CI 0.92–7.39(P=0.07)で有意差に達していません。研究数が少ないことによるもので、下顎で影響が小さいことを示す結果ではありません。

研究 規模 アウトカム 効果量(95%CI)
Chrcanovic 2015 107論文・80,300本 失敗 RR 2.23(1.96–2.53)P<0.00001
Mustapha 2022 292論文・150,108本 失敗 OR 2.402(2.176–2.652)p<0.001
Fan 2024 32研究・59,246本 早期失敗(インプラント単位) OR 2.59(2.08–3.23)
Fan 2024 30コホート 早期失敗(患者単位) OR 2.00(1.43–2.80)
Calciolari 2026 44研究 生存のオッズ OR 0.40(0.27–0.61)p<0.001
Giok 2024 アンブレラレビュー インプラント周囲炎 RR 2.07(1.41–3.04)highly suggestive
▲ Calciolari 2026 の OR 0.40 は「生存」のオッズ比です。失敗のオッズ比ではありません

「術前1週間・術後8週間」の出どころ

禁煙プロトコルとして広く引用されるこの期間は、Bain の1996年の報告(223本・78人・単一術者・前向き)で用いられた条件です。第4回ITIコンセンサス会議の報告(Heitz-Mayfield ら, 2009)は、この研究の対象を stopped smoking at least 1 week prior to and 8 weeks following implant surgery と記述しています。ただし原著の抄録に日数の記載はなく、抄録だけを読んでも確認できません。

抄録から確認できる結果は3点です。非喫煙群と継続喫煙群のあいだに P<.005、禁煙プロトコル遵守群と継続喫煙群のあいだに P<.05 の差があり、非喫煙群と禁煙群のあいだには有意差がありませんでした。群別の失敗率そのものは示されていません。

注意すべきは、この日数を検証した研究がこの1本しかないことです。同じ ITI の報告も、禁煙プロトコルの効果を評価した研究は1件であると明記しています。禁煙期間を比較したランダム化比較試験は、いまのところ見当たりません。Calciolari らの2026年のシステマティックレビューも、期間を指定した推奨は置かず、Individual behavioural counselling for smoking cessation should always be integrated in the treatment plan と述べるにとどめています。

用量反応も同様です。Chrcanovic らは原著のなかで、almost none reported the number of years those patients have smoked と、喫煙年数がほとんど報告されていないことを明記しています。1日あたりの本数で層別した解析は存在しますが、点推定値まで原典で確認できるものが限られており、「1日◯本以上で◯倍」という形で示せる水準にはありません。

加熱式たばこは、データが存在しない

Calciolari らのレビューで適格となった煙の出ない製品の研究は、電子たばこ2件と水たばこ1件の計3件のみで、加熱式たばこ(IQOS・glo・Ploom 等)とインプラントの臨床研究は1件もありません。同レビューの記述は Insufficient data are available for smoke-free users です。欧州歯周病学会の見解として、電子たばこや水たばこが紙巻きたばこに比べてインプラント周囲疾患のリスクを下げるという主張を支持する根拠はほとんどない、とも引かれています。

電子たばこについては辺縁骨吸収を扱った解析が出ていますが、脱落そのものを評価したものではなく、加熱式たばこは対象から除かれています。紙巻きたばこと区別して扱う根拠はない、というのが現時点で言えるところです。

抗血栓療法——インプラントはガイドラインの空白地帯

日本のガイドラインは、インプラント埋入を推奨の対象にしていません。

抗血栓療法患者の抜歯に関するガイドラインは2025年版に改訂され、GRADE-ADOLOPMENT に従ってスコットランドの SDCEP 2022 を一部の例外を除き全面的に採用する方針に変わりました。ここで押さえておきたいのは、適用範囲の宣言です。

本ガイドラインでは抜歯のみに適応されるものとし、抜歯は全ての抜歯を対象とすることとした

インプラント埋入は、2025年版の推奨の対象に含まれていません。2020年版の総論に「歯根嚢胞の摘出、歯根端切除術、歯槽骨形成術、歯科インプラントの埋入などの歯槽骨に限局した手術における出血リスクは、難抜歯や埋伏歯の抜歯と同様と考えられる」という記述はありますが、これは出血リスクの位置づけの説明であって推奨ではありません。国内の推奨としてインプラントを直接カバーするものは、いまのところ存在しないことになります。

対照的に、SDCEP 2022 は dental implant surgery を Higher risk of post-operative bleeding complications の一覧(flap raising procedures)に明記したうえで継続を前提とし、ADA は休薬を要しない処置の例として implant positioning を挙げています。インプラントについて明示的に述べているのは海外側だけという構図です。

論点 日本 2025年版 SDCEP 2022 ADA
ワルファリンの閾値 PT-INR 3以下で休薬なし(強く推奨) INR 4未満で継続 3.0以下は継続可。3.5、専門家により4.0まで安全とする記述
DOAC 出血リスクの低い抜歯は継続(GRADE 2D・弱い推奨)。高リスクは処方医に相談 高リスク処置は朝の服用をスキップまたは遅延 ほとんどの患者で変更不要
抗血小板薬 単剤・2剤とも中断せず抜歯(強く推奨) アスピリン単剤は継続。併用は処方医と相談 小手術前の DAPT 中断は推奨しない
インプラント埋入 対象外(抜歯のみ) 高出血リスク処置として明記 休薬不要な処置として明記
▲ PT-INR の閾値は、日本が SDCEP の「4未満」を意図的に「3以下」へ引き下げたものです

この引き下げには理由が示されています。本邦の患者の大部分が PT-INR 3以下であり、この基準でも出血リスクが高まることはなく、患者の利便性が向上するため、というものです。閾値の差は、エビデンスの評価の差ではなく、対象集団の分布に合わせた調整だと理解しておくのが正確です。

休薬側の実害と、継続側の実害は釣り合っていない

判断の根拠になるのは、両側の実数です。Wahl らが集計した範囲では、歯科処置のためにワルファリンを減量または中止した2,775件の受診で、22件(休薬の0.8%)に塞栓性合併症が発生し、うち6件(0.2%)が致死的でした。一方、継続下で行われた11,381件を超える外科処置のうち、局所止血処置を超える対応を要したのは31件(受診の約0.6%)にとどまり、more than 99% of all patients had no postoperative bleeding that required more than local hemostatic measures と記述されています。

ガイドライン側の記述も同じ方向です。2020年版の総論は「周術期にワルファリンを休薬すると、1%未満の頻度と考えられるが血栓症や塞栓症が発症し、その多くは重症で転帰不良となることが知られている」としています。2025年版は「抜歯後出血よりも重篤な血栓・塞栓症が発症し得ることから、リスクを考慮するとワルファリンを継続投与のまま抜歯を行うのが望ましい」と述べ、DOAC については「必要な場合を除き、出血を予防するために DOAC の服用を中止しないように指導する」としています。

数値の出どころに注意
ガイドラインが引く「脳梗塞二次予防でアスピリンを中止すると脳梗塞のリスクが3.4倍」という数値は、脳梗塞二次予防および冠動脈疾患の一般文献に由来するもので、歯科処置に伴う休薬から得られた数値ではありません。「歯科で休薬すると3.4倍」と書くと出典を誤ることになります。

継続下の出血は、どの程度増えるのか

抗凝固薬の継続と休薬を比較した6研究591例のメタ解析では、抜歯後出血に有意差がありませんでした(RR 1.31, 95%CI 0.79–2.14, P>0.05)。収載研究のいずれでも血栓塞栓イベントは報告されていませんが、追跡が1〜7日と短い点は割り引いて読む必要があります。

抗血小板薬では、薬剤によって像が変わります。AlAgil らの解析では、アスピリン単剤は健常対照と比べて出血が増えず(即時 RR 1.26, p=.5/遅発 RR 2.17, p=.09)、非アスピリン単剤で即時出血 RR 3.72(p=.0009)、DAPT では即時 RR 10.3(p<.0001)、遅発 RR 7.72(p=.001)と上がります。ただし DAPT の継続と中断の比較では即時出血 RR 2.13(p=.07)で有意差に達していません。Li らの10研究のメタ解析も DAPT 継続で RR 1.95(95%CI 1.07–3.54, p=0.03)と出血の増加を認めつつ、it could be controlled by enhancing hemostasis methods として抜歯前の継続を支持しています。

局所止血については、2025年版が新たにシステマティックレビューを行い、「抗凝固療法中患者の抜歯創の局所止血はガーゼによる圧迫に加え、縫合、酸化セルロース、止血床(パック)の全てまたは何れかを同時に行うことを弱く推奨する」としました。トラネキサム酸の局所使用は、Cochrane レビュー(4試験・253例)で介入を要する大出血エピソードのリスク差 −0.25(95%CI −0.36〜−0.14、対プラセボ)が示されている一方、標準治療との比較ではリスク差 0.02(−0.07〜0.11)で、有効性を確定するには至っていません。DOAC 服用者を対象にした試験は同レビューに含まれていません。

全身既往 × 術式侵襲で層別する

同じ疾患でも、通常埋入と骨造成と即時荷重では判断が変わります。

ここまでの効果量は、いずれも「インプラント埋入」を一括りにしたものです。実際の判断では、侵襲の大きさが別の軸として入ります。

全身既往 通常埋入(フラップ・縫合) 骨造成・上顎洞底挙上を伴う 即時荷重・即時埋入
糖尿病(コントロール良好) 非糖尿病と同等に扱える 創部の治癒期間に余裕をみる 生存率に差は出ていないが、レビューの推奨とは一致しない
糖尿病(コントロール不良) 骨レベルの差が最も大きい層。主治医と目標値を共有してから 侵襲と治癒不全が重なる。延期の判断を含めて検討 初期安定性の回復が遅れる層にあたる
骨吸収抑制薬(骨粗鬆症量) 禁忌ではない。IC に MRONJ と早期・晩期喪失を含める 骨への侵襲が増える。3年超の投与・ステロイド併用では慎重に データなし
骨吸収抑制薬(がん治療量) 代替治療を選ぶ(PP2023・AAOMS 2022 とも)
喫煙 失敗 RR 2.23。上顎で特に 移植部の治癒に影響。禁煙の働きかけを治療計画に組み込む 早期失敗 OR 2.59 が該当する時期
抗血栓療法 継続のまま。局所止血で対応 フラップが大きい。SDCEP は高出血リスクに分類 抜歯窩の止血と同時進行になる
▲ 全身既往と術式侵襲の二軸。国内ガイドラインが直接カバーしていない領域が含まれます
要点
糖尿病は生存率よりも骨レベルと初期安定性に効いています。骨吸収抑制薬は病名ではなく投与量で線が引かれます。喫煙は効果量が最も大きく再現性も高い一方、禁煙プロトコルの日数に一次資料の裏づけがありません。抗血栓療法は、国内ガイドラインがインプラントを対象外としているため、海外の記載を参照することになります。
そして休薬を推奨するガイドラインは、4疾患のいずれにも存在しません。

参考文献・出典

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執筆・監修:林 剛永(Taketo Hayashi / Kangyeong Lim)

日本・米国の両方の歯科医師免許を持つ現役歯科医師。インプラント治療で ABOI/ID と AO の Diplomate 認定を取得(DDS・MS・DABOI/ID・DAO・FAAID)。プロフィール詳細はこちら

著者は ABOI/ID(American Board of Oral Implantology/Implant Dentistry)と AO(Academy of Osseointegration)の Diplomate 公式名簿に掲載されています。名簿の掲載数は ABOI/ID が世界511名(うち日本国内3名)、AO が149名です(2026年9月時点)。ABOI/ID 公式名簿/AO 公式名簿

ABOUT ME
林剛永 D.D.S., M.S.
2015年 大阪大学歯学部卒業。大阪大学歯学部附属病院での研修、約4年間の開業医勤務を経て、2020年より米国カリフォルニア州 Loma Linda大学大学院に留学し、インプラント歯科学を専攻・修了。ABOI/ID(American Board of Oral Implantology/Implant Dentistry)と AO(Academy of Osseointegration)、双方の Diplomate 認定。現在は、インプラント治療を中心に臨床に従事しています。大学卒業後、各歯科医院によって方針や治療の幅や質にとても大きな違いがあることに驚き、患者さんが自分に最もあった治療を受けられるようになる一助になればと願い、当サイトを立ち上げました。
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