2026年9月、日本の歯科界から少し気になるニュースが発表されました。
日本から南太平洋の島国・トンガ王国へ、フッ化ジアンミン銀(SDF)製剤「サホライド液歯科用38%」100本が寄贈されたというのです。
フッ化ジアンミン銀(Silver Diamine Fluoride:SDF)は、むし歯の部分に塗ることで、その進行を抑えるために使われる歯科用医薬品です。
歯を大きく削る機械や、大がかりな設備を必要としない一方、銀の沈着によってむし歯の部分が黒くなるという特徴があります。
実はSDFは新しい薬ではありません。
1960年代に日本で研究・開発され、1970年には日本で「サホライド」として商品化されました。
ではなぜ、半世紀以上前からある日本生まれの薬が、2026年になって遠く離れたトンガへ送られたのでしょうか。
その背景には、SDFの世界的な再評価と、約30年続いてきた日本とトンガの歯科保健活動があります。

そもそもフッ化ジアンミン銀(SDF)とは?
SDFは、簡単にいえば銀とフッ化物の作用を利用して、むし歯の進行を抑える薬です。
銀には抗菌作用があり、フッ化物には脱灰した歯の再石灰化を促す作用があります。
現在、世界で広く研究・利用されているのが38%SDFです。
日本で販売されている38%SDF製剤の商品名の一つが、今回トンガへ寄贈された「サホライド液歯科用38%」です。
つまり、
SDF(フッ化ジアンミン銀)=薬剤の一般的な名称
サホライド=日本で販売されている製品名
と考えると分かりやすいでしょう。
なぜ今、SDFが世界で注目されているのか
SDFは日本生まれの古い薬ですが、近年、世界で改めて注目されています。
その理由の一つが、世界中のむし歯を「歯科医院へ来てもらい、削って詰める」だけでは解決できないという問題です。
歯科医師が少ない地域や、診療設備が十分ではない地域では、歯科医院へ行くこと自体が難しい場合があります。
そこで重要になるのが、
- 低コスト
- 低侵襲
- 特別な設備をほとんど必要としない
という方法です。
SDFは、この条件によく合っています。
WHOは2021年、38%SDFを成人・小児の必須医薬品リストに収載しました。
さらに近年は、歯をできるだけ削らない治療や、水銀を使用する歯科材料を減らしていく流れも世界的に進んでいます。
つまりSDFは、新しい薬だから注目されているわけではありません。
半世紀前からあった薬が、「どうすれば歯科医療をより多くの人へ届けられるか」という現代の課題に合っていたのです。
なぜトンガでSDFなのか
トンガは、南太平洋に多数の島々を持つ島嶼国です。
すべての地域に歯科医院をつくり、診療台や器材をそろえ、歯科医師を配置することは簡単ではありません。
一方、SDFは大がかりな設備を必要とせず、学校や地域でも活用しやすいという特徴があります。
つまり、
「患者を歯科医院へ連れてくる」のではなく、「むし歯を止める手段を地域へ届ける」
という使い方ができるのです。

WHOも2026年3月、トンガの就学前口腔保健プログラムでSDFが活用されていることを紹介しています。
SDFについて、費用対効果が高く、非侵襲的で、特別な設備がなくてもプライマリ・ヘルスケアの場で使用できる点を評価しています。
日本とトンガの関係は、約30年前から続いている
実は、日本とトンガの歯科保健の関係は2026年に突然始まったものではありません。
1998年、日本の歯科関係者による南太平洋医療隊(SPMT)が、トンガ保健省などと協力して子どもたちの口腔保健活動を始めました。
これが現在のMaliMali(マリマリ)Programにつながっています。
MaliMaliはトンガ語で「笑顔」。
活動の中心は、日本人が現地へ行ってむし歯を治療し続けることではありませんでした。
- 学校での歯磨き
- フッ化物の利用
- 歯科健診
- 食生活への働きかけ
- 学校の先生や現地スタッフへの教育
つまり、「むし歯になってから治す」から「地域全体でむし歯を防ぐ」へという取り組みです。
JICAの事業を通じて活動はさらに広がり、SDFも以前からトンガの子どものう蝕対策に活用されてきました。
今回の100本は、まったく新しい薬を突然トンガへ持ち込んだものではありません。
すでに現地で使われてきた予防・う蝕管理の仕組みに、日本から再びSDF製剤が届けられたと考える方が実態に近いでしょう。

2026年、WHOがトンガの取り組みを紹介
2026年3月、WHO西太平洋地域事務局は、トンガを「子どものむし歯対策に必須歯科医薬品を活用している国」として紹介しました。
WHOによると、トンガではMaliMali Programを通じて、就学前の子どもたちにもSDFを活用しています。
子どものう蝕罹患率は2001年の90%から約10年後には68%へ低下し、現在ではほぼすべての小学校がMaliMali Programに参加しています。
そして、その約半年後。
2026年9月、日本歯科医師会からトンガへ「サホライド液歯科用38%」100本が寄贈されました。
日本で生まれたSDFと、約30年間続いてきた日本とトンガの歯科保健活動が、再びつながった出来事と見ることができます。
支援のゴールは「送り続けること」ではない
MaliMali Programのもう一つ重要な点は、活動の主体が徐々にトンガ側へ移ってきたことです。
学校の先生が子どもの歯磨きを見守る。
トンガの歯科スタッフが学校や地域を巡回する。
現地スタッフ自身が健診や予防活動を運営する。
つまり、目指しているのは、
「日本人がいなければ続かない支援」ではなく、「トンガの人たち自身で続けられる仕組み」
です。

さらに2026年度には、国立トンガ大学で国内初となる口腔保健学の学士コースが開講しました。
JICAによると、2028年にはトンガ初の歯科衛生士が輩出される見込みです。
約30年前に日本人歯科関係者が始めた学校歯科保健活動が、いまではトンガ自身が口腔保健を担う人材を育てる段階へ進み始めています。
サホライド100本の向こう側にあるもの
SDFは、すべてのむし歯を治せる魔法の薬ではありません。
銀の沈着によってむし歯の部分が黒くなるため、見た目が問題になる場合があります。また、病変の状態によっては通常の修復治療などが必要です。
それでも、歯科医療へアクセスしにくい地域では、
「むし歯をそのまま放置する」以外の選択肢を増やすことができます。
今回トンガへ送られた100本の背景には、
- 日本で生まれたフッ化ジアンミン銀(SDF)
- 世界で進む低侵襲な歯科医療への転換
- 島嶼国トンガの医療事情
- 約30年間続く日本とトンガの協力
- 現地スタッフが主体となるMaliMali Program
があります。
単に薬を送り続けることが目的ではありません。
現地の人が、自分たちで子どもの歯を守れる仕組みをつくる。
サホライド100本の本当の意味は、その長い取り組みの中にあるのかもしれません。
関連記事:国民皆歯科健診とは?日本の歯科保健の取り組みを解説
参考資料
- WHO:Turning momentum into action – Reducing pain and cost from oral diseases across the Western Pacific
- JICA:トンガにおける草の根技術協力事業
- JICA PARTNER:南太平洋医療隊(SPMT)
- 南太平洋医療隊(SPMT):現地での活動
- JICA海外協力隊:トンガ・歯科衛生士要請情報
- PMDA:サホライド液歯科用38%
※本記事は、フッ化ジアンミン銀(SDF)と国際的な口腔保健活動について、公表資料や学術情報をもとに一般向けに解説したものです。特定の医薬品の購入・使用を推奨するものではありません。実際の適応や使用については、歯科医師などの専門家による判断が必要です。
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