その他

失った歯、また生える日は来る?──日本発「歯が生える薬」を冷静に見てみた

歯が生える薬について“わかっていること”と“まだわからないこと”を左右で比べた図

歯を失ったときの選択肢は、入れ歯・ブリッジ・インプラント。どれも人工物で補う方法です。「自分の歯がまた生えてくれたら…」なんて、魚やワニならともかく人間には無理な相談——そう思いますよね。

ところが近年、その”無理”に挑む研究が日本で注目を集めています。ネットでは「歯が生える薬」といった見出しも見かけますが、実際はその言葉ほど話は単純ではありません。何が分かっていて、何がまだ分からないのか。今日は歯科医の立場から、期待をあおらずに整理してみます。

そもそも、どんな研究?──「歯が育つのを邪魔する物質」を抑える

歯ができる過程には、USAG-1(ユーサグワン)というタンパク質がブレーキ役として関わっています。京都大学などの研究チームは、「このブレーキを抗体(薬)で抑えれば、歯の形成を後押しできるのでは」と考えました。

実際に、生まれつき歯が足りない状態を再現したマウスなどでこの抗体を使うと、歯がつくられることが示されました。ヒトと歯の生えかたが近いフェレットでも確認されています(Science Advances, 2021)。この成果をもとに、京都大学発のベンチャー企業「トレジェムバイオファーマ」が、ヒト用の薬「TRG035」の開発を進めています。

歯が生える薬について“わかっていること”と“まだわからないこと”を左右で比べた図
期待は大きいけれど、ヒトでの効果はこれから確かめる段階です。

「もう治せる」ではありません──ここがいちばん大事

見出しだけ見ると「歯が生える薬が完成した」と思ってしまいますが、実際はこうです。

まず、ヒトで”歯が生えた”という実績は、まだありません。 2024年から京都大学医学部附属病院で行われたのは、健康な成人男性30名を対象にした安全性を確かめる最初の治験(第I相)で、この段階は完了しています。ただしこれは「安全に使えそうか」を調べるもので、「歯が生えるかどうか」を確かめたものではありません。

次に、最初に治療の対象として想定されているのは、生まれつき永久歯が多く欠けている「先天性無歯症」のお子さんです。実際、2025年9月にはこの薬が国から「希少疾病用医薬品(オーファンドラッグ)」に指定されました。これは開発を後押しする制度上の位置づけで、効果が証明された・承認された、という意味ではありません。虫歯・歯周病・けがで歯を失った大人がすぐ使える、という話でもありません。

さらに海外の専門家からは、「大人では効きにくい可能性がある」「狙った1本だけに効かせるのは難しいかもしれない」といった慎重な指摘も出ています。実用化の時期を2030年ごろと伝える報道もありますが、これは開発側が掲げる目標で、確定した予定ではありません

つまり今は「治療法が完成した」ではなく、「期待の持てる研究が、慎重に一歩ずつ前へ進んでいる」段階。ワクワクしつつ、少し落ち着いて見守るのがちょうどいい距離感です。

だからこそ──「今ある歯を守る」がいちばん確実

将来の選択肢が増えるのは、私たち歯科医にとっても嬉しいこと。でも、それが誰にでも届く日が来るのか、来るとしていつなのかは、まだ誰にも分かりません

一方で、いま確実に効果があるとわかっているのは、昔から変わらず毎日のていねいなケアと、定期的な歯科受診です。今ある一本を守っておくことが、将来どんな新しい選択肢が生まれても損をしない、いちばんの備えになります。夢のある研究を楽しみにしながら、足もとの歯を大切にしていきましょう。


歯の欠損や気になる症状は、自己判断せず歯科医院へご相談ください。 この記事は情報提供を目的としたもので、特定の治療の効果や実現時期を保証するものではありません。

監修:林 剛永(Kangyeong Lim / Taketo Hayashi)DDS, MS, DABOI/ID, DAO・平和歯科医院著者プロフィールを見る

あわせて読みたい:研究の詳しい根拠や、若手歯科医師向けの「患者さんへの説明のしかた」は【エビデンス編】で(後日公開)。/LINE登録で、こうした最新研究を”落ち着いた要約”でお届けします。

参考文献・出典

  1. Murashima-Suginami A, Kiso H, Takahashi K, et al. “Anti–USAG-1 therapy for tooth regeneration through enhanced BMP signaling.” Science Advances. 2021;7(7):eabf1798. DOI: 10.1126/sciadv.abf1798.
  2. 京都大学 研究成果(2021-03-31)「New drug to regenerate lost teeth」 https://www.kyoto-u.ac.jp/en/research-news/2021-03-31
  3. 医学研究所北野病院「先天性無歯症に対する歯の再生治療薬の医師主導治験を開始」 https://www.kitano-hp.or.jp/english/info/20240503 / 先天性無歯症 特設サイト https://toothreg.jp/
  4. jRCT「TRG035の健康成人を対象とした第I相単回投与試験」jRCT2051240154 https://jrct.mhlw.go.jp/latest-detail/jRCT2051240154
  5. トレジェムバイオファーマ「抗USAG-1抗体『TRG035』、厚生労働省より希少疾病用医薬品に指定」(2025-09-29) https://toregem.co.jp/archives/7365
  6. 専門家の慎重な見解:Futurism 記事 / Dentistry.co.uk(2026-06-09) 記事
ABOUT ME
林剛永 D.D.S., M.S., DABOI
2015年 大阪大学歯学部卒業。大阪大学歯学部附属病院での研修、約4年間の開業医勤務を経て、2020年より米国カリフォルニア州 Loma Linda大学大学院に留学し、インプラント歯科学を専攻・修了。ABOI/ID(米国口腔インプラント学会)ボード認定医(Diplomate)。現在は愛知県西尾市の歯医者「平和歯科医院」にて、インプラント治療を中心に臨床に従事しています(診療日:毎週金曜日)。大学卒業後、各歯科医院によって方針や治療の幅や質にとても大きな違いがあることに驚き、患者さんが自分に最もあった治療を受けられるようになる一助になればと願い、当サイトを立ち上げました。
LINEで受け取る

LINE@にて、歯科関連の英語論文を日本語に翻訳し分かりやすく解説して配信しています。
今だけ無料で登録できるので、この機会に「お友達登録」してみてはいかがでしょうか?

LINEで論文解説を受け取る