エビデンス編

フェニックス膿瘍とは|急性化の機序と抗菌薬の使いどころをエビデンスで整理

歯の縦断面と根尖部の炎症を描いた図。根尖のまわりの炎症が段階的に強まり、無症状の慢性病巣が急性根尖膿瘍(フェニックス膿瘍)へ転じる様子を示すイラスト

レントゲンでは以前から根尖に淡い透過像があった。患者は無症状で、経過観察のまま数年が過ぎていた——そこへ「昨夜から急に噛めない、顔が張ってきた」と連絡が入る。同じ歯、同じ病巣が、なぜ突然スイッチを入れたように暴れ出すのか。

この現象は古くからフェニックス膿瘍(phoenix abscess)と呼ばれてきました。灰の中から蘇る不死鳥になぞらえた比喩的な名称ですが、この語はAAE(米国歯内療法学会)の公式診断用語一覧には存在しません。本稿では用語の現在地を整理したうえで、「なぜ急性化するのか」を微生物学のデータで確認し、そこから抗菌薬をどこまで使うべきかという実務判断まで一次資料の数値で詰めていきます。

この記事の位置づけと要点
本記事は歯科医師・歯科学生向けのエビデンス編です。患者さん向けの解説は「フェニックス膿瘍(急性化した根尖病巣)」をご覧ください。

  • 用語:AAEの公式分類に「フェニックス膿瘍」はない。臨床診断はPulp Necrosis + Acute Apical Abscessとして記載するのが整合的。
  • 機序:急性膿瘍と無症状根尖病巣で検出される菌種はほぼ同じ。違うのは「菌量」(Rôças & Siqueira, PLOS ONE 2018/膿瘍 n=55 対 無症状 n=73、菌種の有無では有意差なし p>0.05、4分類群のみ高菌量で有意 p<0.05)。
  • 治療:本質は菌量を落とすこと=ドレナージと根管内感染源の除去。抗菌薬は主役ではない。
  • 抗菌薬:ADAは免疫正常成人の局所性急性根尖膿瘍への抗菌薬併用に強く反対(strong recommendation against)。Cochrane 2024(3RCT・134名)でも疼痛の差はMD −0.03(95%CI −0.53〜0.47)で確実性は低〜非常に低い。

1. 「フェニックス膿瘍」は今どう呼ぶべきか

まず用語を整理します。AAEが公表している診断用語(Colleagues for Excellence, Endodontic Diagnosis, Fall 2013)に並んでいるのは、歯髄側が Normal Pulp / Reversible Pulpitis / Symptomatic Irreversible Pulpitis / Asymptomatic Irreversible Pulpitis / Pulp Necrosis、根尖側が Normal Apical Tissues / Symptomatic Apical Periodontitis / Asymptomatic Apical Periodontitis / Acute Apical Abscess / Chronic Apical Abscess / Condensing Osteitis の11項目です。この中に phoenix abscess という項目はありません。

AAEの定義では、Acute Apical Abscess は「歯髄感染・壊死に対する炎症反応で、急速な発症、自発痛、著明な圧痛を特徴とするもの」、Asymptomatic Apical Periodontitis は「歯髄由来の根尖部歯周組織の炎症と破壊が、症状なく透過像として現れるもの」とされています。つまりフェニックス膿瘍とは、「Asymptomatic Apical Periodontitis を背景に持つ歯に生じた Acute Apical Abscess」という経過の説明であって、独立した診断カテゴリーではない、と理解するのが最も整合的です。

じつはここが実務で効いてきます。診断名を「フェニックス膿瘍」と書いてしまうと、AAEの分類にもICD-10にも対応がなく、診療録上で治療方針(=急性根尖膿瘍としての処置)と結びつきません。文献でも「acute exacerbation of asymptomatic apical periodontitis(無症状根尖性歯周炎の急性転化)」という記述的表現が用いられることがありますが、これもAAEの公式用語一覧に載っているものではありません。記録は公式用語で、説明は比喩で——という使い分けが安全です。

診療録の書き方(推奨)
Dx: Pulp Necrosis with Acute Apical Abscess(既存の Asymptomatic Apical Periodontitis の急性転化)
──「フェニックス膿瘍」は患者説明・カンファレンスでの通称として補足するにとどめる。

2. なぜ静かな病巣が突然急性化するのか——鍵は「菌種」ではなく「菌量」

ここが本稿の中心です。長く「急性化する病巣には特別な悪い菌が入り込んだのだろう」と考えられてきましたが、直接比較したデータはその読み方を否定しています。

Rôças と Siqueira は、急性根尖膿瘍 55例無症状根尖性歯周炎 73例の検体について、40菌種を標的とした reverse-capture checkerboard hybridization で菌種の頻度と菌量を半定量的に比較しました(PLOS ONE 2018;13(1):e0190469)。結果は明快です。

同じ菌種、違う菌量 ── 急性化の正体無症状根尖性歯周炎(n=73)P. endodontalis 63%Dialister invisus 58%Olsenella uli 56%F. nucleatum 51%菌量は低め・症状なし菌量増加急性根尖膿瘍(n=55)F. nucleatum 60%P. endodontalis 53%Parvimonas micra 51%Streptococcus spp. 45%4分類群が10⁵細胞超で有意に高値菌種の「有無」では両群に有意差なし(p>0.05)高菌量で有意:P. endodontalis・P. baroniae・T. denticola・Streptococcus spp.(p<0.05)出典:Rôças IN, Siqueira JF Jr. PLOS ONE 2018;13(1):e0190469
▲ 急性化は「新しい菌が来た」のではなく「もともといた菌が増えた」現象として説明できる

菌種の検出頻度を見ると、急性膿瘍では Fusobacterium nucleatum 60%、Porphyromonas endodontalis 53%、Parvimonas micra 51%、Streptococcus spp. 45%。一方の無症状根尖性歯周炎では P. endodontalis 63%、Dialister invisus 58%、Olsenella uli 56%、F. nucleatum 51%。顔ぶれは重なっており、著者らは「単なる存在の有無で評価した限り、膿瘍と有意に関連する分類群はひとつもなかった(p>0.05)」と明記しています。

差が出たのは菌量でした。10⁵細胞を超える高菌量として膿瘍側で有意に多かったのは P. endodontalisPrevotella baroniaeTreponema denticolaStreptococcus spp. の4分類群(p<0.05)。著者らの結論は「頻度の面では膿瘍と関連する菌種・系統型はなかったが、一部の分類群は膿瘍でより高い菌量で認められた」であり、病原性の高い菌が「増えること」で細菌群集全体としての病原性が上がり、症状が引き起こされるという解釈が示されています。

この所見は、Siqueira と Rôças による総説(Clin Microbiol Rev 2013;26(2), doi:10.1128/cmr.00082-12)の枠組みとも一致します。急性根尖膿瘍の細菌群集は嫌気性菌優位の多菌種構成で、FusobacteriumParvimonasPrevotellaPorphyromonasDialisterStreptococcusTreponema といった属が繰り返し検出されます。同総説は「菌種の豊富さと菌量、そしてそこから生まれる相互作用のネットワークが、群集としての病原性を左右しうる」と述べています。

臨床メッセージ
急性化の本質が菌量のシフトであるなら、治療の第一目標は明確です──菌量を物理的に減らすこと。すなわち排膿路の確保(ドレナージ)と根管内感染源の除去が主たる介入であり、全身投与の抗菌薬は「菌量を減らす主役」にはなりません。この理解が、次章のガイドライン推奨とそのまま噛み合います。

3. 鑑別診断──「腫れた」の中身を切り分ける

急性転化を疑う場面では、歯周膿瘍やエンド-ペリオ病変との切り分けが治療方針を分けます。ここは歯髄生死・プロービング・透過像の位置の三点で整理すると迷いにくくなります。

鑑別 歯髄反応 プロービング/動揺 X線像 第一手
急性根尖膿瘍
(=フェニックス膿瘍を含む)
無反応(壊死) 根尖付近まで達する狭い瘻管を除きPD正常 根尖部の透過像(既存病巣があれば境界明瞭) 根管開放によるドレナージ+化学的機械的清掃
歯周膿瘍 生活反応あり 深いPD・排膿、幅の広い骨欠損に沿う 辺縁部から連続する垂直性骨欠損 歯周ポケットからのデブライドメント/切開
エンド-ペリオ病変 無反応 深いPD+根尖と連続 辺縁と根尖の透過像が連続 まず根管治療、再評価後に歯周処置
症候性不可逆性歯髄炎 生活・冷温で持続痛 PD正常 透過像なし〜わずか 抜髄(膿瘍形成前)
顎骨周囲蜂巣炎(波及) 無反応 硬結・開口障害・嚥下障害 原因歯根尖+隙への軟組織所見 切開排膿+全身投与、専門機関紹介
▲ 「腫れ」の鑑別は 歯髄反応 × プロービング × 透過像の位置 の三点で切る
見落としてはいけない波及の兆候
Siqueira らの総説は、根尖膿瘍が隙へ波及した場合の重篤な合併症として脳膿瘍、脳静脈洞(cavernous sinus)血栓症、縦隔炎、壊死性軟部組織感染、眼窩膿瘍を挙げ、死亡例の報告があることに言及しています。開口障害・嚥下困難・眼周囲の腫脹・呼吸困難・38℃を超える発熱のいずれかを認めたら、局所処置で粘らず即時に高次医療機関へ。ここは「抗菌薬を出すかどうか」の議論とは別次元の判断です。

4. 標準プロトコル──合意されている骨子

急性転化した根尖病巣への初期対応(骨子)

  1. 診断の確定:歯髄無反応の確認、打診・触診、PD計測、既存透過像との照合。
  2. 排膿路の確保:根管からのドレナージを第一に。粘膜下に波動を触れる場合は切開排膿を併用。
  3. 根管内感染源の除去:到達可能な範囲での化学的機械的清掃。菌量を落とすことが目的。
  4. 咬合の調整:早期接触の除去で打診痛を軽減。
  5. 鎮痛:NSAIDs/アセトアミノフェンを基軸に。
  6. 全身投与の抗菌薬は「全身症状・波及・宿主要因」がある場合に限定(次章)。

ここで注意したいのは、後述するCochraneレビューが検証したのは「外科的処置+抗菌薬」対「外科的処置+プラセボ」という設計であり、外科的処置なしに抗菌薬だけを与えた研究は1件も存在しないという点です(Cope ら, Cochrane 2024)。つまり「抗菌薬で様子を見る」という選択肢はエビデンスの外にあります。局所処置は前提条件です。

5. 抗菌薬のエビデンス──数値で見た「効果の大きさ」

5-1. Cochraneレビュー(2024年更新)

Cope ら(Cochrane Database of Systematic Reviews 2024;(5):CD010136, doi:10.1002/14651858.CD010136.pub4)は、成人の症候性根尖性歯周炎および急性根尖膿瘍に対する全身投与抗菌薬を検討し、3件のRCT・計134名を組み入れました。

介入 アウトカム 効果推定値(95%CI) 解釈
術前クリンダマイシン 48時間後の疼痛 1.0 対 2.0(P=0.242 ほとんど差がない
腫脹 RR 0.50(95%CI 0.10〜2.56)
術後フェノキシメチルペニシリン 24時間後の疼痛 MD −0.03(95%CI −0.53〜0.47) 効果は非常に不確実
24時間後の腫脹 SMD 0.27(95%CI −0.23〜0.78)
▲ Cope AL, Francis N, Wood F, Thompson W, Chestnutt IG. Cochrane Database Syst Rev 2024;(5):CD010136(3RCT・134名)。エビデンスの確実性は低〜非常に低い

前版(2018, pub3)では2RCT・62名で、疼痛の平均差は24時間 −0.03(95%CI −0.53〜0.47)、48時間 0.32(95%CI −0.22〜0.86)、72時間 0.08(95%CI −0.38〜0.54)、腫脹のSMDは24時間 0.27(95%CI −0.23〜0.78)、48時間 0.04(95%CI −0.47〜0.55)、72時間 0.02(95%CI −0.49〜0.52)と、いずれも信頼区間が0をまたぐ結果でした。当時の結論は「非常に質の低いエビデンスであり、全身投与抗菌薬の効果を判断するには不十分」。2024年版では術前クリンダマイシンについて「疼痛・腫脹にほとんど差をもたらさない(results in little to no difference)」と、より踏み込んだ表現に変わっています。

解釈上の注意(誤読しやすい点)
「効果がないと証明された」わけではありません。n=134はきわめて小規模で、確実性は低〜非常に低いと評価されています。正しい読み方は「局所処置が適切に行われた免疫正常者において、上乗せの利益を示す根拠が乏しい」であり、全身症状がある症例や易感染宿主にこの結論を拡張してはいけません。それらの集団はそもそも試験に含まれていません。

5-2. ガイドライン横断──米国(ADA)と日本(JAID/JSC)の差分

推奨の方向性は一致していますが、「抗菌薬を出す/出さない」の閾値の書き方が異なります。ここは実務で混乱しやすいので、差分をそのまま並べます。

ADA(米国歯科医師会)2019 JAID/JSC 2016(歯性感染症)
局所性・免疫正常成人 投与に強く反対(歯髄壊死+症候性根尖性歯周炎または局所性急性根尖膿瘍。strong recommendation against/確実性 very low) 1群【歯周組織炎】として局所消炎処置と抗菌薬の併用を記載。ドレナージ単独の可否についての明記はない
不可逆性歯髄炎 確定的保存治療への上乗せは推奨しない(conditional/very low) (歯髄炎単独の項目立てはない)
全身症状あり アモキシシリン500mg 1日3回 3〜7日、またはペニシリンVカリウム500mg 1日4回 3〜7日(アモキシシリンを優先 1・2群:AMPC 1回250mg 1日3〜4回/小児 1回10〜15mg/kg 1日3回
重症・波及 第一選択が失敗した場合:メトロニダゾール500mg 1日3回 7日、またはアモキシシリン/クラブラン酸500/125mg 1日3回 7日 3・4群(顎炎・顎骨周囲蜂巣炎):SBTPC 1回375mg 1日2〜3回、またはCVA/AMPC 1回250mg 1日4回
ペニシリンアレルギー セファレキシン500mg 1日4回 3〜7日、アジスロマイシン、またはクリンダマイシン300mg 1日4回 3〜7日 CLDM 1回150mg 6時間毎、AZM 1回500mg 1日1回3日間、CAM 1回200mg 1日2回
投与期間・評価 3〜7日 概ね8日間程度、効果判定は3日
▲ ADA chairside guide(Lockhart ら, JADA 2019 の付随資料)と JAID/JSC 感染症治療ガイドライン2016 歯性感染症編の対比。用量が国によって異なる点に注意

用量の差は臨床的に意味があります。ADAはアモキシシリン500mg×3回/日、JAID/JSCは250mg×3〜4回/日。国内の保険診療・添付文書の枠内で処方する場合、後者が現実的な出発点になります。

薬剤選択について、JAID/JSCは明確な微生物学的根拠を挙げています。「Prevotella属はβ-ラクタマーゼを産生し、ペニシリン系薬および第三世代セフェム系薬を分解する」——このため経口第三世代セフェムは第一選択にならず、重症例ではβ-ラクタマーゼ阻害薬配合ペニシリン系が推奨されます。マクロライド・クリンダマイシンについても「AZMおよびCLDMのMIC90は16μg/mL以上と高い値」と耐性の問題が指摘されており、アレルギー時の代替という位置づけを外れて安易に第一選択にすべきではありません。

国内ガイダンスの現在地(2026年8月時点)
厚生労働省「抗微生物薬適正使用の手引き」については、2024年12月13日の第92回感染症部会に提出された「抗微生物薬適正使用の手引き改訂に向けて(報告)」で、第四版に歯科領域編を新設する方針が示されています。ただし同報告の時点では「歯科領域編では歯科診療に関わる医療従事者を対象に抗菌薬適正使用について解説する」という方針の記載にとどまり、具体的な臨床推奨は未策定です。したがって現時点の国内の実務標準はJAID/JSC 2016を軸に据え、手引き第四版・歯科領域編の公表を待って更新するのが妥当です。

5-3. 二軸の層別化──「必須/検討/不要」

以上を、実際の判断に使える形に落とします。縦軸に臨床像の重症度、横軸に宿主要因と当日の局所処置(definitive dental treatment)の可否を置きます。

免疫正常・当日ドレナージ可 免疫正常・当日ドレナージ不可 易感染宿主
(免疫抑制・血糖不良・化学療法中など)
局所に限局
(発熱なし、リンパ節腫脹なし、開口障害なし)
不要
ADAは強く反対。局所処置+鎮痛で対応
検討
処置までの間の暫定手段として。ただし最短でのドレナージ確保を優先
検討
個別判断。主治医との連携を前提に
全身症状あり
(発熱・倦怠感・リンパ節腫脹)
必須
局所処置+AMPC。3日で効果判定
必須
同時に処置の前倒しを手配
必須
閾値を下げる。紹介も早めに検討
隙への波及
(開口障害・嚥下困難・眼窩周囲腫脹・呼吸困難)
必須 + 即時に高次医療機関へ紹介
切開排膿と全身管理が前提。外来での経過観察は行わない
▲ ADA 2019・JAID/JSC 2016・Cochrane 2024 を統合した判断マトリクス。「不要」は免疫正常かつ局所限局かつ当日処置可の1枠に限られる

なお「念のため出しておく」という発想がどこで破綻するかは、術野が清潔な観血処置でも同じ構造をとります。予防投与の適応をどこで線引きするかについては「インプラントの予防的抗菌薬投与を再考する【エビデンス編】」で、システマティックレビューと日米ガイドラインの差分を整理しています。

ワンフレーズで
抗菌薬は「痛みを消す薬」ではなく「宿主が持ちこたえるための薬」。痛みと腫れを引かせるのは、あくまで排膿と感染源の除去です。

6. フレアアップ──既存病巣を持つ歯は本当にリスクが高いのか

「以前から透過像があった歯は、治療を始めると暴れやすい」という臨床実感。これは複数のデータが同じ方向を指していますが、「発生率そのもの」と「どの因子が効くか」は分けて読む必要があります。前者は研究間のばらつきが大きく、後者はよく一致しているからです。

6-1. 発生率は研究間で4倍ちがう

研究 デザイン n フレアアップ発生率
Azim ら, Clin Oral Investig 2017;21:889–894 後方視的(1,500件から選別) 951 2.3%
Magar, Cureus 2022;14(11):e31424 後方視的観察 1,000 9.4%
▲ 規模もデザインも近いのに2.3%と9.4%で4倍の開き。フレアアップの定義(緊急来院を要したか/疼痛スコアか)と組入れ基準が研究ごとに違うため
発生率は絶対値として引用しない
患者説明で「◯%です」と数字を出したくなりますが、この幅では単一の数値を提示できません。「数%から1割程度と報告に幅がある」という伝え方が誠実です。

6-2. 一方、「何が効くか」の順序は一致している

Aksoy らは12研究から8つの危険因子を抽出し、モンテカルロ・シミュレーション(10,000反復)で各因子の感度を比較しました(Clin Oral Investig 2021;25(6):3681–3690)。順位は次のとおりです。

順位 因子 位置づけ
1 根尖病巣(periapical lesion) 最も感度の高い因子
2 術前痛 2番目
3 複数回法 3番目(※6-3参照)
打診痛/鎮痛薬/壊死歯/女性/再治療 感度の低い群
▲ Aksoy U, Pehlivan S, Buhara O. Clin Oral Investig 2021;25(6):3681–3690(12研究・8因子・10,000反復)

ここは直感と少しズレるところです。「壊死歯だから危ない」のではなく「根尖病巣があるから危ない」——壊死歯・再治療はむしろ感度の低い群に分類されています。つまりリスクを決めているのは根尖にすでに病巣が成立していることそのもの。第2章で見た「静かな病巣に菌量が溜まっている」という像と、そのまま重なります。

Magar の報告でも、歯髄壊死+根尖病巣を有する群のフレアアップは45.9%(n=34, p<0.001)と全体(9.4%)を大きく上回りました。ただしこの部分群はn=34と小さく、絶対値としては引用できません。方向性の傍証として読むにとどめます。

宿主側では、Azim らが951例で根管腔の状態と年齢が有意(P<0.05)、歯種・部位・性別・全身疾患は有意でない(P>0.5)とし、50歳超が最もリスクが高かったと報告しています。

6-3. 「1回法にすれば暴れない」は成り立つか

実務でよく問われる点です。Vishwanathaiah らの21件のRCTを統合したメタアナリシス(Applied Sciences 2021;11(8):3358)では、単回法と複数回法でフレアアップ発生に差はありませんでした——RR 0.96(95%CI 0.75〜1.22)、p=0.72。疼痛強度も差なし(VAS p=0.82)。著者らの結論は「単回か複数回かは、術後痛やフレアアップのリスクの独立した規定因子ではない」です。

エビデンスが食い違うとき、どちらを採るか
Aksoy らのシミュレーションでは「複数回法」が3位に入っていますが、これは観察研究をもとにした感度分析です。一方 Vishwanathaiah らはRCTを統合して「差なし」としています。介入の意思決定(何回法にするか)にはRCT統合の結果を優先するのが妥当で、回数を変えることでフレアアップを避けようとする戦略には根拠が乏しい、と読むべきでしょう。

実務上の含意はシンプルです。透過像のある無症状歯の治療を始めるときは、「数日は痛みや腫れが出ることがある」と事前に伝え、連絡手段を明示しておく。回数を増やしても減らしても発生率は変わらないのですから、コントロールできるのは「起きたときの受け皿」の方です。この一手間があるだけで、急性化が「予告されていた経過」に変わり、患者の不安と苦情のリスクが大きく下がります。


よくある質問(FAQ)

Q. 診療録に「フェニックス膿瘍」と記載してよいですか?

A. 記録としては「Pulp Necrosis + Acute Apical Abscess」を用いるのが整合的です。AAEが公表する診断用語一覧(Endodontic Diagnosis, Fall 2013)に phoenix abscess という項目はなく、この語は「無症状根尖性歯周炎を背景に急性根尖膿瘍が生じた」経過を説明する通称です。カンファレンスや患者説明で補足的に使うのは問題ありませんが、診断名として単独で記録すると、分類上の対応がつかず治療方針との紐づけが弱くなります。

Q. 局所に限局していれば、本当に抗菌薬なしでよいのですか?

A. ADAは、免疫正常成人の歯髄壊死+症候性根尖性歯周炎または局所性急性根尖膿瘍に対して、確定的な保存治療に抗菌薬を上乗せしないことを強い推奨(strong recommendation against)として示しています(確実性は very low)。Cochrane 2024(3RCT・134名)でも疼痛の平均差は −0.03(95%CI −0.53〜0.47)で、上乗せの利益は示されていません。ただしこれは当日にドレナージと根管内清掃が行える前提での話です。処置が数日先になる場合、あるいは易感染宿主の場合は、本文の判断マトリクスに従って個別に検討してください。

Q. 経口第三世代セフェムを第一選択にしてはいけないのですか?

A. JAID/JSC 2016は「Prevotella属はβ-ラクタマーゼを産生し、ペニシリン系薬および第三世代セフェム系薬を分解する」と明記しており、経口第三世代セフェムを第一選択に置いていません。第一選択はAMPC(1回250mg 1日3〜4回)で、重症例ではSBTPC(1回375mg 1日2〜3回)またはCVA/AMPC(1回250mg 1日4回)といったβ-ラクタマーゼ阻害薬配合ペニシリン系が推奨されています。マクロライドとクリンダマイシンについても「AZMおよびCLDMのMIC90は16μg/mL以上と高い値」と耐性が指摘されており、ペニシリンアレルギー時の代替という位置づけを守るのが適切です。

Q. Cochraneが「差がない」なら、発熱がある症例でも抗菌薬は不要では?

A. その拡張は成り立ちません。Cochraneに組み入れられた3試験・134名には、全身症状のある症例や易感染宿主は含まれていません。また同レビューは「外科的処置を行わずに抗菌薬のみを与えた研究は存在しない」と明記しています。したがって「局所処置が適切に行われた免疫正常者では上乗せの利益を示す根拠が乏しい」という結論であり、発熱・倦怠感・リンパ節腫脹を伴う症例や隙への波及が疑われる症例では、ADA・JAID/JSCいずれも全身投与を前提としています。


免責
本記事は歯科医療従事者向けに公表文献・ガイドラインを整理したものであり、個別症例の診断・治療方針を指示するものではありません。薬剤の用法用量は各国の承認内容・添付文書が異なります。国内での処方は保険診療上の取扱いおよび添付文書を確認のうえ、担当医の判断で行ってください。また引用したガイドラインは改訂されることがあります(厚生労働省「抗微生物薬適正使用の手引き」第四版・歯科領域編は2026年8月時点で策定中)。最新版をご確認ください。
あわせて読みたい

参考文献・出典

  1. American Association of Endodontists. Endodontic Diagnosis(Colleagues for Excellence, Fall 2013). PDF
  2. Rôças IN, Siqueira JF Jr. Frequency and levels of candidate endodontic pathogens in acute apical abscesses as compared to asymptomatic apical periodontitis. PLOS ONE 2018;13(1):e0190469. doi:10.1371/journal.pone.0190469
  3. Siqueira JF Jr, Rôças IN. Microbiology and treatment of acute apical abscesses. Clinical Microbiology Reviews 2013;26(2). doi:10.1128/cmr.00082-12
  4. Cope AL, Francis N, Wood F, Thompson W, Chestnutt IG. Systemic antibiotics for symptomatic apical periodontitis and acute apical abscess in adults. Cochrane Database of Systematic Reviews 2024;(5):CD010136. doi:10.1002/14651858.CD010136.pub4
  5. Cope AL, Francis N, Wood F, Chestnutt IG. 同上(2018, Issue 9). doi:10.1002/14651858.CD010136.pub3
  6. American Dental Association. Evidence-based clinical practice guideline on antibiotic use for the urgent management of pulpal- and periapical-related dental pain and intraoral swelling(Lockhart PB ら, JADA 2019)/ADA Chairside Guide. Chairside Guide(PDF)
  7. 一般社団法人日本感染症学会・公益社団法人日本化学療法学会. JAID/JSC 感染症治療ガイドライン2016 ―歯性感染症―. PDF
  8. 厚生労働省 健康・生活衛生局感染症対策部感染症対策課. 抗微生物薬適正使用の手引き改訂に向けて(報告). 第92回厚生科学審議会感染症部会, 2024年12月13日. PDF
  9. Magar SP. The determination of flare-up incidence and associated risk factors during endodontic treatment: an observational retrospective study. Cureus 2022;14(11):e31424. doi:10.7759/cureus.31424
  10. Azim AA, Azim KA, Abbott PV. Prevalence of inter-appointment endodontic flare-ups and host-related factors. Clinical Oral Investigations 2017;21(3):889–894. doi:10.1007/s00784-016-1839-7
  11. Aksoy U, Pehlivan S, Buhara O. The top risk factors for endodontic flare-up: a Monte Carlo simulation. Clinical Oral Investigations 2021;25(6):3681–3690. doi:10.1007/s00784-020-03692-9
  12. Vishwanathaiah S, Maganur PC, Khanagar SB, ら. The incidence and intensity of postendodontic pain and flareup in single and multiple visit root canal treatments: a systematic review and meta-analysis. Applied Sciences 2021;11(8):3358. doi:10.3390/app11083358

執筆・監修:林 剛永(Taketo Hayashi / Kangyeong Lim)

日本・米国の両方の歯科医師免許を持つ現役歯科医師(口腔インプラント専門)。プロフィール詳細はこちら

ABOUT ME
林剛永 D.D.S., M.S., DABOI
2015年 大阪大学歯学部卒業。大阪大学歯学部附属病院での研修、約4年間の開業医勤務を経て、2020年より米国カリフォルニア州 Loma Linda大学大学院に留学し、インプラント歯科学を専攻・修了。ABOI/ID(米国口腔インプラント学会)ボード認定医(Diplomate)。現在は、インプラント治療を中心に臨床に従事しています。大学卒業後、各歯科医院によって方針や治療の幅や質にとても大きな違いがあることに驚き、患者さんが自分に最もあった治療を受けられるようになる一助になればと願い、当サイトを立ち上げました。
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