衛生

「歯医者に行きましょう」では人は動かない? もうすぐ始まる国民皆歯科健診に待ち受ける課題

国民皆歯科健診の課題。歯科健診から受診勧奨を経て歯科受診につながるかを考える

「歯周病の疑いがあります。歯科医院を受診してください」

健診でそう言われたら、人は本当に歯医者へ行くのでしょうか。

以前の記事では、政府が具体化を進めている「国民皆歯科健診」について紹介しました。

現在、日本で進められているのは、全国民に歯科医院での健診を義務づけるような仕組みではありません。

職場や自治体などで簡易な口腔スクリーニングを行い、歯科疾患のリスクがある人を見つけ、必要に応じて歯科医院への受診を勧める――そんな仕組みが検討されています。

つまり、

「まず見つける。そして歯医者につなげる」

という考え方です。

ところが最近、その「つなげる」が思っているほど簡単ではないことを示す興味深い研究が発表されました。

この記事のポイント

  • 日本では、簡易な口腔スクリーニングから必要な人を歯科医院につなげる仕組みが検討されています。
  • 一方、2026年に発表されたベルギーのRCTでは、口腔チェックや個別説明、紹介状などを行っても、歯科医療者への連絡は増えませんでした。
  • 連絡しなかった人の79%は、「歯科受診の必要性を感じない」と回答していました。
  • 健診制度を評価するには、「何人が健診を受けたか」だけでなく、その後の受診や予防・治療につながったかを見ることも重要です。
  • ただし、この1つの研究だけで日本の国民皆歯科健診の有効性を判断することはできません。

国民皆歯科健診は「見つける」だけでは終わらない

厚生労働省が検討している簡易歯科健診では、唾液検査などの簡易検査や質問票などを使って口腔疾患のリスクを確認し、必要な人に歯科医療機関への受診を勧めることが想定されています。(文献1)(文献2)

イメージすると、

  1. 簡易的に口のリスクをチェック
  2. 問題が疑われる人を見つける
  3. 歯科医院への受診を勧める
  4. 歯科医院で詳しく調べ、必要な予防や治療につなげる

という流れです。

国民皆歯科健診の流れ。職場・自治体でリスクを見つけ、歯科受診と予防・治療・定期管理につなげる
▲ 国民皆歯科健診のイメージ。図は概念図であり、検討中の簡易歯科健診には唾液検査や質問票などの活用が想定されています。

つまり、本当の目的は「検査をすること」そのものではありません。

必要な人を、その後の歯科医療につなげること。

ここまでできて初めて、スクリーニングを健康の改善につなげられます。

では実際に、口の問題を見つけて、本人に説明して、受診先まで紹介すれば、人は歯科医院へ行くのでしょうか。

口の中を調べて、説明して、歯医者まで紹介したら?

2026年、ベルギー・ゲント大学などの研究グループが、この疑問に関係するランダム化比較試験(RCT)を『Community Dentistry and Oral Epidemiology』に発表しました。(文献3)

対象となったのは、地域で暮らす65歳以上の194人。全員、過去12か月間に歯科健診を受けていない人たちです。

参加者はランダムに2つのグループへ分けられました。

2つのグループに提供されたもの
介入群 対照群
口腔内のスクリーニング
その人に合わせた口腔健康情報
歯科医師への紹介状
かかりつけ医への紹介状
近隣の歯科医院リスト
一般的な口腔衛生に関する資料
必要に応じて近隣の歯科医院リスト

つまり介入群では、単に「歯医者に行きましょう」とパンフレットを渡したわけではありません。

実際に口の状態を調べ、その人に合わせた情報を伝え、さらに歯科医院へつながるための情報まで準備しています。

これだけすれば、「自分の口に問題があるなら、一度歯医者へ行こう」と思う人が増えそうに感じます。

研究者たちは、その後4か月以内に、参加者が実際に歯科医療者へ連絡したかを調べました。

結果は「12%対14%」

結果は意外なものでした。4か月以内に歯科医療者へ連絡した人は、次のとおりでした。

4か月以内に歯科医療者へ連絡した割合
グループ 連絡した割合
介入群 12%
対照群 14%

※割合は追跡調査で回答が得られた参加者についての報告値です。無作為化された194人全員を分母とした単純な割合ではありません。

口腔内をチェックし、個別の情報や紹介状まで提供しても、歯科医療者へ連絡する割合が増えたという証拠は認められませんでした。

研究ではリスク差は−0.01、95%信頼区間は−0.12~0.10と報告されています。これは論文の解析による推定値です。(文献3)

さらに興味深いのは、なぜ歯科へ連絡したのかです。

歯科医療者へ連絡した20人のうち12人は、痛みや歯の破折など、急を要する問題を理由としていました。研究で行われた介入そのものをきっかけに連絡したと回答したのは、介入群の3人でした。(文献3)

つまり今回の研究では、

「問題を見つけて、説明して、歯医者を紹介すれば受診につながる」

という単純な構図にはならなかったのです。

ベルギーRCTの概要。65歳以上194人を対象に、4か月以内の歯科医療者への連絡は介入群12%、対照群14%
▲ ベルギーのRCTの概要。主要評価項目は「実際の受診」ではなく「歯科医療者への連絡」です。出典:文献3。

行かなかった人の79%「必要だと思わない」

さらに興味深い結果があります。4か月以内に歯科医療者へ連絡しなかった133人に理由を尋ねたところ、

105人、79%が「必要だと思わない」

と回答していました。(文献3)

歯科医療者に連絡しなかった理由(133人)
理由 人数 割合
必要だと思わない 105人 79%
忘れていた 9人 7%
まだ連絡できていなかった 9人 7%
体調が悪かった 6人 5%
移動手段がなかった 4人 3%

※割合は論文の丸め値のため、合計は100%になりません。

歯医者に行かない理由というと、「費用がかかる」「いい歯医者がわからない」「予約が面倒」「時間がない」といった問題を想像するかもしれません。

もちろん、こうした障壁が重要になる場面もあります。しかし今回の研究で特に目立ったのは、そのさらに手前にある、

「そもそも自分は歯医者に行く必要がない」

という認識でした。これは、日本で国民皆歯科健診を考えるうえでも興味深いポイントです。

なぜ「必要ない」と感じるのか

なぜ、口の状態をチェックして問題について説明されても、「歯医者へ行く必要はない」と感じるのでしょうか。

一つ考えなければならないのが、歯科疾患の特徴です。たとえば歯周病は、痛みなどの分かりやすい自覚症状が乏しいまま進行することがあります。

本人にとっては、「痛くない」「普通に噛めている」「特に困っていない」という状態でも、歯科的には詳しい確認や対応が必要になっていることがあります。

逆に言えば、

「困っていない」という感覚と、「口の中に問題がない」という状態は必ずしも一致しません。

だからこそ、本人の自覚症状だけに頼らず、健診やスクリーニングによって問題を早く見つけることには意味があります。

ところが、ここで別の問題が生まれます。

「病気の可能性を見つけること」と、「本人が受診する必要性を感じること」は同じではない。

ということです。

日本の研究でも見つかった「自覚」と「実態」のギャップ

実は、日本からもこの問題を考えるうえで興味深い研究が報告されています。

2026年、大阪府の75歳以上の高齢者158,990人を対象に、自覚している歯周病症状と、実際の口腔内の状態がどの程度一致しているかを調べた研究が『Journal of Clinical Periodontology』に発表されました。(文献4)

臨床所見があった人のうち、自覚していた割合
歯科健診で確認された所見 自覚していた割合
歯ぐきからの出血(プロービング時の出血) 約24%
歯の動揺(Miller分類II度以上) 約43%

つまり、多くの人は口の中に臨床的な所見があっても、それを自覚していませんでした。

本人からすると、「特に症状はないから大丈夫」。でも、実際に調べてみると問題が見つかる。

このような「自覚」と「実態」のギャップがあるからこそ、定期的に口の状態を確認する意味があります。

疾患と自覚のギャップ。大阪府の75歳以上約15.9万人の研究で、出血の自覚は約24%、歯の動揺の自覚は約43%
▲ 「自覚がない」と「問題がない」は同じではありません。割合は、それぞれの臨床所見があった人のうち症状を自覚していた人の割合です。出典:文献4。

一方で、問題を発見できたとしても、

「症状がないのになぜ歯医者へ行く必要があるのか」

を本人が納得できなければ、その先の受診にはつながらない可能性があります。

「健診を受けた人数」だけで成功を判断できるのか

これは、日本の簡易歯科健診を考えるうえでも重要なポイントです。

厚生労働省が検討している仕組みでも、簡易な口腔スクリーニングだけではなく、その結果に応じた受診勧奨までが位置づけられています。(文献1)(文献2)

つまり、目的は検査を実施することだけではありません。リスクのある人を見つけ、必要な人を実際の歯科医療につなげることまでが重要になります。

そう考えると、今後制度を評価するときには、「何人が健診を受けたか」という数字だけではなく、

「要受診となった人のうち、実際に何人が歯科医院へつながったのか」

を見ることも重要になるでしょう。

さらにその先には、「受診した後、必要な予防や治療につながったのか」「その後も定期的な口腔管理を続けられたのか」「最終的に口腔の健康状態が改善したのか」といった評価もあります。

国民皆歯科健診を評価するときに考えたい視点
段階 確認したいこと
1.健診実施率 対象者のうち、何人が健診を受けたか
2.要受診者の歯科受診率 受診が必要な人が、実際に歯科医院へつながったか
3.治療・予防への移行率 必要な治療や予防を受けられたか
4.継続的な歯科管理 その後も定期的な口腔管理を続けられたか
5.口腔健康の改善 口の健康状態が改善したか

※上の表は本記事で整理した評価の視点であり、確定した制度上の評価指標ではありません。

「健診を実施した」というアウトプットだけではなく、その先に何が起きたのかまで見ていくことで、制度の本当の効果が分かってくるはずです。

この研究から言えること・言えないこと

ここは、この研究を読むうえで特に注意したいところです。

今回のRCTは、「歯科健診をしても意味がない」ことを示した研究ではありません。

対象になったのは65歳以上で、しかも過去1年間に歯科健診を受けていなかった地域住民です。参加者は194人で、研究が行われたのはベルギーのフランデレン地域です。

歯科医療制度や保険制度、歯科医院へのアクセス、歯科受診に対する文化的な背景も日本とは異なります。

また、この研究が検証したのは、

口腔スクリーニング+個別情報+紹介状などを提供することで、4か月以内に歯科医療者へ連絡する人が増えるか

という限定された問いです。(文献3)

「実際に歯科医院を受診したか」ではなく、主要評価項目は「歯科医療者へ連絡したか」だった点にも注意が必要です。

研究者自身も、正式な動機づけ面接(motivational interviewing)は介入に含まれていなかったことなどを限界として挙げています。(文献3)

したがって、この一つの研究から、「日本の国民皆歯科健診は効果がある」あるいは「効果がない」と判断することはできません。

一方で、「健診の機会をつくれば、その後は自然に歯科医院へつながる」とも限らない。

そのことを考える材料として、今回の研究は非常に興味深いものだと思います。

本当の難題は「健診の後」かもしれない

日本では、簡易な口腔スクリーニングによって、これまで歯科健診を受けてこなかった人にもアプローチしようという取り組みが始まっています。これは、歯科健診の機会を広げるという点で大きな変化です。

しかし、その次にはもう一つ難しい問題があります。

「あなたは歯周病の可能性があります」と伝えられた人が、「それなら歯医者に行こう」と思い、自分で歯科医院を探し、予約を取り、実際に歯科医院へ行く。

文章にすると簡単ですが、その間にはいくつもの段階があります。今回の研究を見ると、その中でも特に、

「自分には歯科受診が必要だ」と感じること

が一つの大きなポイントになりそうです。

よくある質問

Q. この研究は「歯科健診には意味がない」と示したのですか?

いいえ。この研究が調べたのは、過去1年間に歯科健診を受けていない65歳以上の人に、口腔スクリーニングや個別情報、紹介状などを提供すると、その後4か月以内に歯科医療者へ連絡する割合が増えるかどうかです。

歯科健診そのものが病気の早期発見や口腔健康の改善に有効かどうかを検証した研究ではありません。

Q. 12%対14%なら、介入をすると逆に受診が減ったということですか?

そう結論づけることはできません。両群の差は小さく、研究では介入によって歯科医療者への連絡が増えた、あるいは減ったという明確な証拠は認められませんでした。(文献3)

Q. 日本の国民皆歯科健診でも同じことが起こるのでしょうか?

現時点では分かりません。今回の研究はベルギーの65歳以上の人を対象にした研究であり、日本とは対象者や医療制度、歯科受診へのアクセスなどが異なります。

日本で実施されるパイロット事業についても、今後、健診を受けた人数だけではなく、その後の受診や治療・予防への移行まで含めたデータが蓄積されることが重要になります。

まとめ:国民皆歯科健診は「健診の後」まで考える

国民皆歯科健診で大切なのは、リスクのある人を見つけ、その後の歯科医療につなげることです。ベルギーのRCTは、口腔チェックや説明、紹介状を用意しても、連絡する人が自然に増えるとは限らないことを示しました。

一方、この結果だけで日本の制度の有効性を判断することはできません。健診の機会を広げるとともに、本人が受診の必要性を理解し、予防・治療や継続管理につながったかを確かめていくことが重要です。

「見つける」から「つながる」へ。その間にある課題まで考えることが、国民皆歯科健診を生かす鍵になりそうです。

参考にした主な資料

  1. 厚生労働省「上野大臣会見概要」2026年7月24日。国民皆歯科健診の具体化、パイロット事業、簡易歯科健診の制度化方針について。
  2. 厚生労働省「歯科健診等のあり方等に関する検討会 中間とりまとめ」2026年7月31日。検討会・公表資料。
  3. De Vleeschauwer A, Colman R, Pype P, Poppe L, Janssens B. Can a Low-Threshold Check-Up Motivate Older Adults to Schedule a Dental Visit? A Randomized Controlled Trial. Community Dentistry and Oral Epidemiology. 2026. doi:10.1111/cdoe.70105.
  4. Mameno T, et al. Self-Reported Periodontal Symptoms and Clinical Periodontal Status in Older Adults With and Without Dementia: A Population-Based Diagnostic Accuracy Study. Journal of Clinical Periodontology. 2026;53(9):1472–1480. doi:10.1111/jcpe.70168.

本記事は一般的な健康情報および公表されている研究・政策情報の提供を目的としています。個人の口腔状態について診断するものではありません。

国民皆歯科健診や簡易歯科健診に関する具体的な制度、対象者、実施方法などは今後変更される可能性があります。最新情報は厚生労働省や自治体等の公表資料をご確認ください。

ABOUT ME
shun
2017年卒業。100年時代の口腔を守るには良い治療と共に質の高い予防が絶対不可欠!と思い日々診療、研究に取り組んでいます。このサイトでは歯のお悩みに対して何がおきているのか、どういう治療が出来るのか、何故そうなってしまったのか、今後どうすれば予防出来るのかを分かりやすくお伝えできればと思います。よろしくお願い致します。
LINEで受け取る

LINE@にて、歯科関連の英語論文を日本語に翻訳し分かりやすく解説して配信しています。
今だけ無料で登録できるので、この機会に「お友達登録」してみてはいかがでしょうか?

LINEで論文解説を受け取る

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です