歯科放射線

どうして歯科衛生士や歯科助手がレントゲンボタンを押してしまうのか?

どうして歯科衛生士や歯科助手がレントゲンボタンを押してしまうのか?

最近、ニュースで歯科医院の放射線ボタンを押しても良いという資格を持たないスタッフがボタンを押していたことが問題になったことをご存知でしょうか?

基本的に、日本のほとんどの歯科診療所の中で放射線ボタンを押していい職種は、歯科医師だけとなっています。

歯科助手、歯科技工士はもちろん、歯科衛生士にもその権限はありません

スタッフもそのことはみんなわかっています。
ではなぜ、わかっているのにも関わらずこうした事例が後をたたないのでしょうか?

なぜ法律を破ってしまう?

国家資格である歯科衛生士には歯科衛生士法、同じく国家資格である歯科技工士には歯科技工士法があり、それぞれの職務について規定がなされています。

その法律によると、

歯科衛生士法

第二条
この法律において「歯科衛生士」とは、厚生労働大臣の免許を受けて、歯科医師(歯科医業をなすことのできる医師を含む。以下同じ。)の指導の下に、歯牙及び口 腔くう の疾患の予防処置として次に掲げる行為を行うことを業とする者をいう。

一 歯牙露出面及び正常な歯茎の遊離縁下の付着物及び沈着物を機械的操作によつて除去すること。
二 歯牙及び口 腔くう に対して薬物を塗布すること。
2 歯科衛生士は、保健師助産師看護師法(昭和二十三年法律第二百三号)第三十一条第一項及び第三十二条の規定にかかわらず、歯科診療の補助をなすことを業とすることができる。
3 歯科衛生士は、前二項に規定する業務のほか、歯科衛生士の名称を用いて、歯科保健指導をなすことを業とすることができる。
(昭三〇法一六七・平元法三一・平一一法一六〇・平一三法一五三・平二六法八三・一部改正)

歯科技工士法

第二条 この法律において、「歯科技工」とは、特定人に対する歯科医療の用に供する補てつ物、充てん物又は矯正装置を作成し、修理し、又は加工することをいう。ただし、歯科医師(歯科医業を行うことができる医師を含む。以下同じ。)がその診療中の患者のために自ら行う行為を除く。

歯科助手は日本では国家資格に該当しないため、職務を規定する法律はありませんが、基本的に患者さんのお口に触れることはできません(バキュームは除く。)

ちなみに、アメリカでは歯科助手も資格を有しており、またいくつかの分類に分かれています。その中にはレントゲンを取る資格を持つ歯科助手もいます。

さて、この中で歯科医師の次に診療中に患者さんに直接関わることで、やれる範囲が多いのは歯科衛生士、ということになります。

上記の法律の中に、「歯科衛生士は、保健師助産師看護師法(昭和二十三年法律第二百三号)第三十一条第一項及び第三十二条の規定にかかわらず、歯科診療の補助をなすことを業とすることができる。」

とありますが、レントゲンを押すことは、診療の補助には当たらないのか?という疑問を持った方もおられるかもしれません。

これに関しては明確な法律があるわけではないのですが、以前行われた裁判の判例としてレントゲンのボタンを押す行為は、歯科診療の補助には当たらない、と判断されています。

昔は、違反していたとしても保健所から「歯科医師」が注意を受けるだけでした。

しかし、最近の裁判の事例では、実際に歯科医師に刑事罰が処されるだけでなく、その押したスタッフにも処罰がくだされる様になりました。

つまり、もはやこれはグレーゾーンではなく、あらゆる意味で、完全にDr.以外のスタッフはレントゲンのボタンを押すことはできなくなったといえます。(本当はもともとそうであったのですが笑)

さて、ここで問題が出てきます。

皆さんは町中の歯科医院でDr.が一人、後はコデンタル(歯科技工士、歯科衛生士、歯科助手など)の病院を見たことはありませんでしょうか?

実は、特に、院長が年配である多くの歯科診療所はそういった形態をとっていることが多いんです。

そのような場合、例えば、レントゲンを撮影するような場合、フィルムを口の中でとどめておくことが困難な患者さんや、

じっとしていられない患者さん(精神障害をもつ方であったり、非協力的であったり、言語未発達な小さなお子様を含みます。)であった場合は、

Dr.がそのフィルムをおさえておかなければならない状況も多々あります。

そして、X線の安全管理の観点から、扉を開けたままDr.が一人でボタンを押すわけにはいかないので、

扉を閉めて誰かに外からボタンを押して貰う必要があるわけです。

さて、この状況であればもう何が言いたいかおわかりですね。

院内にレントゲンボタンを押す資格を持つ者が一人、そしてその者はレントゲンボタンを押せない位置にいる。

1-1=0

つまり、誰も押す人がいないわけです。

もちろん抑える役目の人(Dr.)は自分も患者と一緒に、自分には必要のない被爆にさらされるわけですから、

これをスタッフに無理やりやらせようものなら、それこそ法律違反やらパワハラでさらに大きな問題になります。

こうなるとレントゲン撮影自体が不可能になってしまうわけです。

もちろん自分でフィルムを自分で口腔内に保持できない患者さんが来られたら、

「ウチではこの方のレントゲン写真撮れませんので他に行ってもらえますか?」と言えばいいだけの話ではあるのですが、

それではやはりハンデを持つ方や小さなお子さん、そしてその親御さんを突き放すようで、

現在の日本の倫理観では、すこし心苦しい気持ちにならざるを得ません。

そうした理由によって、歯科医師や放射線技師の資格を持たないスタッフにボタンを押してもらっているという現状があるのでしょう。(もちろん単に歯科医師がチェックするのがめんどくさいという理由であれば、言語道断ですが…)

ただし、これによって現状、最も迷惑しているのはレントゲンを押すように指示されたスタッフです。

自分は歯科医師の指示や、前からの慣習に従って行っただけなのに、一緒に処罰される羽目になってしまったのですから。。。

もちろんスタッフ側も自分で知識を得て、もしそういう指示を受けても、それは違法行為です。と言えるのが理想ではあるのですが、

それよりもまず真っ先に、院長が率先してスタッフを守るために動くべきであると考えます。

全国の歯科診療所の各院長は、その事実を受け止めて早急に手を打たなければならないということです。

今後どうしていったら良いのか?

では、すでにDr.が一人しかいない歯科医院は、どうしたらよいのでしょうか?

まずは根本的に、レントゲンを押せる権限を持つ人が一人しかいない、というところに大きな問題があります。

日本の今の法律では人に向けて放射するレントゲンのボタンを押す権限を持つ事のできる職種は、医師歯科医師臨床放射線技師に限られます。

歯科医師がレントゲン撮影の為に医師を雇うことは現実的にありません。

(稀に歯科医師が医師を雇っているところもありますが、それはあくまでも歯科医師にはできない部位の医療をしていただく、という目的のためです。)

また、臨床検査技師は歯科用レントゲン写真以外にもMRIやCTを撮ることもできますので、大病院に多く、個人の歯科医院で雇うということは、まだ一般的かつ現実的ではありません。

もちろん全員ではありませんが、デンタルとパノラマ、もしくはCBCTを撮るだけの仕事をやりたがらない人が多いのと、あとはそれだけのために費やす人件費が大きくなりすぎてしまう、ということです。

(臨床検査技師はれっきとした国家資格ですので、支払う対価もある程度高額になり、やってもらう仕事と報酬との整合性が取れなくなりやすいです。)

そうなると、ほとんどの院長は歯科医師を雇うという方法でレントゲンを押す労働力を得なければならないことになります。

もちろんその分人件費もかなり高くはなりますが、歯科医師であればそもそも歯科診療そのものができますから、メリットも十分にあるわけです。

というより、そもそも歯科医師を雇うことができれば、分院展開もできたり、自分の仕事を減らすこともでき、殆どの意味においてそれが一番良いのです。

こういう書き方をすればもうおわかりの方も多いとは思いますが、ここでもまた大きな壁が立ちはだかります。

“歯科衛生士獲得”よりも難しい”勤務歯科医師の獲得”

実は歯科衛生士不足と叫ばれている現状ですが、それよりも代診の歯科医師を確保する方がよっぽど難しくなってきています。

歯科衛生士は、途中でライフイイベント等により歯科衛生士の仕事をドロップアウトしてしまう人が多く、

実際に衛生士業務に携わっている方の数が少ないだけで、

歯科衛生士の資格を持っている方は、実はものすごくたくさんいます。

(潜在歯科衛生士を含めるとトータル16万人ほど歯科衛生士資格を持つ者はいるとのことです。2016年時点の数ですので、現在はもう少し増えていると思います。対して歯科医師は、10万人とちょっとです。)

しかも歯科医師過剰と叫ばれるこの時代、歯科衛生士はたくさんいても困らないので数自体をどんどん増やそうとしていますが、

歯科医師の場合は、新たに歯科医師になる数を減らそうという動きの真っ最中です。

また、女性歯科医師の増加により、歯科医師も衛生士と同じように途中でドロップアウトする数が増えつつあります。

さらに歯科医師は一度業務から離れてしまうと、同じ期間職務から離れていた衛生士よりも技術的に、復帰に時間がかかります。

(歯石をとることよりも、歯を削るほうが、技術に伴う責任が大きいことは感覚的にもおわかりと思います。)

女性が働き続けられる職場づくりをがんばれよ!という議論は別においておいて、

とりあえず今は歯科医師の数の減少によるレントゲン撮影ができる者の数不足についてのみ、注意を向けてください。

つまり、歯科医師を新たに雇うことはとてもむずかしいのです。。。。

最初のうちは大学の伝手もあり、代診の確保が比較的難しくないかもしれませんが、次第に代診、大学の知り合い、共にみんな独立、開業して減っていく、という状況になってきます。

現状、最終的に歯科医師が集まるのは、そこで学べることが十分にある医院だけ、となってきています。(そういう医院の中でも代診獲得競争は熾烈化しています。)

ということは、自分自身にかけるコスト(勉強等)や教育システムはもちろん、医院の設備にも莫大なお金がかかるわけです。

これは保険治療だけで長年やってきた先生方にとっては大きな負担、場合によってはもう改善不可能な領域です。

(改善して結果がでるまでの間に歯科医師人生終わってしまう可能性が高いです。)

さらに、それが今からできる方でなのであれば、もっと若いうちからやっていたでしょう。

では、どうするのか。

今からDr.が一人しかいない医院が、医院ベースでやれる方法をいくつか考えてみたいと思います。

1.採算が合わないのを覚悟の上で、臨床検査技師を雇う努力をしてみる。

2それでもDr.が集まってくれるような歯科医院づくりを頑張ってみる。(勉強してスキルを上げたり、Dr.を紹介してもらえるような人脈づくりも含めて)

3.自分で姿勢やフィルムを保持できない患者さんには他のところに行っていただく。

4.いつか法律が自分に追いついて来るのを待つ。

等々

Dr.が患者を抑えなくても済むようにする仕組みづくりも考えてみましたが、患者さんが自分でフィルムを保持できなかったり、

じっとしていられない原因が多種多様過ぎて、やはり現実的ではありませんでした。

さすがに4.は冗談だよ。と笑い飛ばしたいのですが、冗談ではなく、4の選択肢を多くの歯科医院がとっているのが、今の現状です。

また、1.、3.もまた、やはり現実的に無理でしょう。1.はもう少し時代が変われば可能かもしれませんが、特に、3.は患者さんのたらい回しに繋がりかねません。

やはり現実性があるのは2.ですが、今から開業をする先生方にとっては、これは当たり前の話ですが、

もう年齢が50を超えて来ている先生方には、ある意味、残酷な方法になってしまうかもしれません。

しかも、Dr.一人型の医院の多くの院長は50歳を超えているところもたくさんあります。

これはやはり個人の問題ではなく国レベルで改善が急がれる問題だと個人的には思います。

この問題に関わる訴訟は今後も数を増していくこととなるでしょう。

患者よりスタッフが足りない!

では、この「レントゲン問題」に対応できない医院は、衰退を余儀なくされ、

歯科医院過剰の時代においてそれはやむなしと言うことなのでしょうか?

それとも歯科医院経営がうまくいかなくても大丈夫なように、今から副業を始めればよいのでしょうか?笑

今のこの資本主義の世の中、すべての業種において変化に対応できない企業は廃れていくのが当たり前となっていますし、個人的にはそれで健全だと考えていますが、

現実問題として、歯科医院の多くが足りなくて困っているのは、患者さんの数ではなく、スタッフの数です。

必ずしも患者さんは技術の優れた歯科医院を探して通うわけではないのです。

実例を挙げます。私の知っている、あるとても有名な歯科医院では、スキルも高く評判も良いため、たくさんのスタッフが働いています。

その歯科医院の院長先生がある時患者さん向けにアンケートをとりました。

その内容は、

「どうしてあなたは当医院に来られたのですか?」

その医院は、とても有名な医院なので、全国から患者さんがやってきていました。(稀に海外からも)
しかし、その回答の9割

近いから

だったそうです。

これをみてその院長はすこし肩を落とした。という笑い話を聞いたことがあるのですが、

この実話からわかることは、
スタッフは有名なところや、働きがいのあるところに集中しますが、

患者さん側はそんなことより近いところがいいという方が圧倒的に多いのです。

有名だから患者さんがたくさん来るというより、スタッフが多いから、一日に診られる患者さんの数が多い。(もちろん、その要素も大いにありますが。)

逆に患者さんの少ないところは、必ずしも患者が来ないのではなく、患者を十分な数見られるだけのスタッフがいないから一日あたりの患者数が少ない、とも言いかえることもできます。

つまり、歯科医師過剰になっているのは、どちらかと言うと対スタッフ、なのです。

都会ではテナント料も高く、患者さんを診られる数が少ないと、すぐに経営破綻に追い込まれてしまいます。

(もちろん歯科医院の乱立により、医院同士の患者の取り合いになっているのであれば、その負けた側は、患者の絶対数が減っていることもあります。)

もし、この問題を現状のまま放置した場合、また、いずれ患者さんが行くところがなくて困る時代に逆戻りする可能性も十分に考えられます。

それでは、結局しわ寄せが行くのは患者さん側、ということになります。

まとめ

このレントゲンに係る問題は歯科医院側だけの問題ではなく、厚生労働省や、歯科医師会などの公的な機関だけの問題でもありません。(衛生士や、一部の歯科助手にも資格を与えて、レントゲンを撮れるようにしてほしいなと思っていますが。)

現状最も迷惑しているのは、ただ指示されてやっただけのに、処罰される対象となってしまったスタッフ達です。

この問題は、早急に解決しなければ、スタッフや、また最終的には患者さんに一番しわ寄せが行く可能性のある問題であるということを念頭に置いた上で、

この問題に上手にアプローチしてくれることを国にほんの少し期待しつつ、私達は自分のやらなければいけないことを自ら考え、

日々邁進していくしかないのではないのではないかと考えています。

ABOUT ME
林剛永
林剛永
2015年に大阪大学歯学部卒業、同大学での研修後、現在は勤務医として日々診療に全力投球中。大学卒業後、各歯科医院によって方針や治療の幅や質にとても大きな違いがあることに驚き、患者さんが自分に最もあった治療を受けられるようになる一助になればと願い、当サイトを立ち上げました。
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