最新研究

歯ぐきの菌が、脳に引っ越す?——歯周病と“もの忘れ”の意外な関係

歯ぐきから小さな点が頭・脳へとつながっていく様子を表すフラットイラスト

「あれ、スマホどこに置いたっけ?」「ほら、あの俳優さん……名前が出てこない!」——そんな瞬間、ちょっとドキッとしませんか。自分のことでも、年齢を重ねた親のことでも。

認知症は、多くの人にとって「いちばんなりたくない病気」のひとつ。じつはその予防のヒントが、意外な場所——毎日の歯みがきに隠れているかもしれません。

近年、「口の中の菌」と「脳」のつながりを調べた研究が、世界中で次々と発表されています。歯みがきと脳。一見まったく関係のなさそうな二つが、どうつながるというのでしょうか。

ひとことで言うと
歯ぐきの慢性的な炎症(歯周病)は、脳の健康ともゆるやかに関わっている可能性が指摘されています。ただし「歯周病になったら必ず認知症になる」という話ではありません。毎日の歯みがきの価値を見直すきっかけとして、気軽に読んでみてください。

この記事の要点

  • 歯周病菌が出す物質や炎症のもとが、血流にのって全身へ——脳にも影響しうることが動物実験などで示されています。
  • ただし今わかっているのは主に「関連(つながり)」まで。原因と結果が確定したわけではありません。
  • それでも歯みがきや歯科でのケアはリスクゼロで今日から始められる——ここがいちばん大切なポイントです。

なぜ「口の菌」と「脳」が関係するの?

カギは、歯ぐきで静かに続く「小さな火事(炎症)」です。

歯周病って、じつは「歯ぐきの病気」というより「歯ぐきでずっと続く慢性の炎症」なんです。炎症を起こした歯ぐきは、いわば小さな傷口の集まり。そこから歯周病菌やその出す物質が血管の中にするりと入り込み、血流にのって全身をめぐると考えられています。

「口から全身へ」——この道すじ、じつは糖尿病や心臓の病気との関係でも、ずっと前から注目されてきました。そして今、その行き先リストに新しく加わったのが「脳」なのです。

歯ぐきの炎症から菌や炎症のもとが血管に入り、血流で全身をめぐって脳へ届くまでを示した4ステップの概念図
▲ 口の菌が脳に届くまでのイメージ。※現時点で確認されているのは主に「関連」で、因果は未確定です。

研究でわかってきたこと(やさしく解説)

アメリカの研究チームが、亡くなった認知症の方の脳を調べたところ——なんと代表的な歯周病菌が出す酵素が、調べた脳の9割以上から見つかりました(Dominy ら, Science Advances 2019)。さらにマウスの口にこの菌を感染させると、菌は脳まで到達し、認知症に関わるとされる物質(アミロイドβ)が増えたといいます。

日本でも、九州大学のグループが、歯周病菌を全身に感染させたマウスで記憶の障害が起きること、そのとき脳にアミロイドβが取り込まれやすくなることを報告しています(Zeng・武ら, Journal of Neurochemistry 2021)。「口の菌が、脳の老化を後押しするかもしれない」——そんな道すじが、少しずつ見えてきました。

ポイント
たくさんの人を長年追いかけた47件の研究をまとめた解析では、歯ぐきの状態が悪い人や、歯を多く失った人で、その後の認知機能の低下や認知症がやや多いという結果でした(Asher ら, J Am Geriatr Soc 2022)。軽い歯ぐきの炎症で過度に心配する必要はありませんが、放っておかない方がよい、というサインです。

大勢の人を追いかけた研究では、どうだった?

マウスや脳の解剖だけでは、「人でも同じことが起きるのか」はわかりません。そこで大切なのが、大勢の人を何年も追いかけて、歯ぐきの状態と認知症の関係を調べた研究です。代表的なものを、数字といっしょに見てみましょう。

まず、こうした研究を47件まとめたメタ解析(Asher ら, J Am Geriatr Soc 2022)。歯ぐきの状態が悪い人は、良い人に比べて認知機能の低下が1.23倍(95%信頼区間 1.05〜1.44)、認知症が1.21倍(1.07〜1.38)起こりやすく、歯を失った人でも認知機能の低下が1.23倍、認知症が1.13倍でした。

台湾で約2万8千人を平均12年近く追いかけた研究(Chen ら, Alzheimer’s Res Ther 2017)では、慢性の歯周炎が10年以上続いていた人は、そうでない人に比べてアルツハイマー病の発症が1.7倍(95%信頼区間 1.15〜2.53)でした。日本の久山町研究(Takeuchi ら, J Am Geriatr Soc 2017)でも、60歳以上の1,566名を5年追跡したところ、残っている歯が20本以上の人に比べて、10〜19本の人は1.62倍、1〜9本の人は1.81倍、認知症を発症しやすいという結果でした。

研究 対象・期間 くらべたもの 結果
Asher ら 2022(メタ解析) 47研究 歯ぐきの状態が悪い vs 良い 認知機能低下 1.23倍/認知症 1.21倍
同上 47研究 歯を失った vs 失っていない 認知機能低下 1.23倍/認知症 1.13倍
Chen ら 2017(台湾) 約2.8万人・約12年 慢性歯周炎10年以上 vs なし アルツハイマー病 1.7倍(1.15〜2.53)
久山町研究 2017(日本) 1,566名・5年 残存歯 1〜9本 vs 20本以上 認知症 1.81倍
▲ 人を追いかけた研究の主な結果。いずれも「関連」であり、原因と結果を証明したものではありません。

「1.2倍」「1.7倍」という数字は、たとえば喫煙と肺がんのような「何倍」にもなる関係に比べれば、ずっと控えめです。しかも、こうした研究には「逆向き」の可能性がつきまといます。認知症が始まると歯みがきがおろそかになり、その結果として歯周病が進む——つまり「歯周病が認知症を起こした」のではなく「認知症が歯周病を起こした」かもしれない、ということです。年齢や糖尿病、喫煙、生活習慣といった共通の背景が両方を悪くしている可能性もあります。研究者たちはこれらを統計的に補正していますが、完全には取り除けません。

「関連がある」には、3つの読み方がある 歯周病 歯ぐきの慢性炎症 認知症 もの忘れ・認知機能の低下 ① 口 → 脳 菌や炎症物質が血流にのって脳へ(マウス・解剖で示唆) ② 脳 → 口 認知症で歯みがきが難しくなり、歯周病が進む(逆向き) ③ 共通の背景 加齢・糖尿病・喫煙・生活習慣が、両方を悪くする いまの研究は①を疑わせるが、②③を完全には除外できていない=「関連まで」
▲ 同じ「関連」でも、①口→脳、②脳→口、③共通の背景、の3通りが考えられます。現時点の科学は①を疑いつつ、②③を除外しきれていません。

でも、こわがりすぎないでください

ここまで読んで「え、私の歯ぐき、大丈夫……?」と不安になった方へ。大切なことを、二つだけ。

ひとつめ。「歯周病=認知症」ではありません。今わかっているのは「関連がありそう」というところまでで、原因と結果がきれいに証明されたわけではないのです。じっさい、歯周病菌の酵素をねらった認知症治療薬の大規模な治験(GAIN試験、643名)では、2021年に主要な評価項目で効果を確認できませんでした。菌を叩けば認知症を防げる、と単純に言える段階ではないのです。

ふたつめ。それでも歯周病のケアには、失うものが何ひとつありません。歯を長く残せて、おいしく食べられて、笑顔に自信が持てて——理由が何であれ、あなたにとってプラスにしかならないのです。脳のことは「うれしいおまけ」くらいに考えて、まずは今夜の歯みがきを、ちょっとだけていねいに。

こんなときは、早めに歯科へ

  • 歯みがきのとき、歯ぐきから血が出る/歯ぐきが赤く腫れている
  • 口臭が気になる、歯ぐきがやせて歯が長く見える
  • 歯がぐらつく、硬いものが噛みにくい

歯周病は痛みなく静かに進む病気です。症状がなくても、定期的な歯科クリーニングでのチェックがいちばんの近道です。

今日からできる、3つのこと

ここまでの話を、行動に落とすとこうなります。特別なことは何もいりません。

① 歯ブラシに「もう1本」足す

歯周病の温床は、歯と歯の間と、歯と歯ぐきの境目です。歯ブラシだけでは届きにくいので、デンタルフロスか歯間ブラシを1日1回、夜の歯みがきに足してみてください。最初は出血しても、続けるうちに歯ぐきが引き締まって出血は減っていきます。

② 痛くなくても、年に2〜3回は歯科へ

歯周病は痛みなく進みます。3〜6か月に一度のクリーニングと検査で、自分では落とせない歯石をとり、歯ぐきのポケットの深さを測ってもらいましょう。「今の状態」を知ることが、いちばんの予防です。

③ 高齢のご家族の「口」を、少しだけ気にかける

もの忘れが気になり始めた親御さんは、歯みがきが雑になったり、入れ歯を外さずに寝てしまったりしがちです。責めるのではなく、歯ブラシを持ちやすいものに替える、入れ歯は夜に外して洗う、歯科の定期受診に付き添う——それだけで、口の中は大きく変わります。口のケアは、ご本人の食べる力と会話の楽しみを守ることにもつながります。

安心して読んでほしいこと

研究のニュースは、ときに私たちを不安にさせます。でも今回の話は、脅しではなく希望の話。認知症のリスクの多くは自分では変えられない一方で、口のケアは自分の手で今日から変えられる、数少ない「できること」。むずかしく考えず、まずは歯ブラシと、次の歯科検診の予約から始めてみませんか。

より詳しいエビデンス(研究の中身)を知りたい歯科関係者・専門的に読みたい方は、姉妹記事「歯周病は認知症のリスク因子か——P. gingivalis仮説とエビデンスの現在地【エビデンス編】」もあわせてどうぞ。


よくある質問(FAQ)

Q. 歯周病を治せば、認知症を予防できますか?

A. 「予防できる」と断言できる段階ではありません。歯周病と認知機能低下には関連が報告されていますが、歯周病を治療することで認知症を防げるかは、まだ十分に証明されていません。ただし歯周病ケアは他の面でも有益なので、行う価値は十分にあります。

Q. 毎日きちんと歯みがきしていれば大丈夫?

A. 歯みがきはとても大切ですが、それだけで歯周病を完全に防げるわけではありません。歯ブラシが届きにくい歯と歯の間や歯ぐきの境目は汚れが残りやすいため、デンタルフロスや歯間ブラシの併用と、歯科での定期的なクリーニングを組み合わせるのが理想です。

Q. 何歳から気にすればいいですか?

A. 歯周病は30〜40代から静かに進むことが多く、若いうちからのケアが将来に効いてきます。「まだ大丈夫」と思う今こそ、予防のはじめどきです。

Q. 家族が高齢で歯みがきが難しくなっています。どうすれば?

A. 高齢の方こそ口腔ケアが大切です。ご本人が難しい場合は、仕上げみがきの介助や、訪問歯科・歯科衛生士による口腔ケアを利用する方法があります。かかりつけ歯科に相談してみてください。

Q. 歯がほとんど残っていません。もう手遅れですか?

A. そんなことはありません。研究では歯を失った人でリスクがやや高い傾向はありますが、それは「今からのケアに意味がない」という意味ではありません。残っている歯を守ること、入れ歯を清潔に保つこと、しっかり噛んで食べられる状態を保つことは、何本の歯があっても大切です。まずは歯科で、今の口に合ったケアを相談してください。

参考にした主な文献

  1. Dominy SS, Lynch C, Ermini F, et al. Porphyromonas gingivalis in Alzheimer’s disease brains: Evidence for disease causation and treatment with small-molecule inhibitors. Science Advances. 2019;5(1):eaau3333. doi:10.1126/sciadv.aau3333
  2. Zeng F, Liu Y, Huang W, et al.(九州大学・武洲ら). Receptor for advanced glycation end products up-regulation in cerebral endothelial cells mediates cerebrovascular-related amyloid β accumulation after Porphyromonas gingivalis infection. Journal of Neurochemistry. 2021;158(3):724-736(オンライン公開2020). PMID: 32441775
  3. Asher S, Stephen R, Mäntylä P, Suominen AL, Solomon A. Periodontal health, cognitive decline, and dementia: A systematic review and meta-analysis of longitudinal studies. Journal of the American Geriatrics Society. 2022;70(9):2695-2709. doi:10.1111/jgs.17978——47研究。歯周状態不良→認知機能低下 OR 1.23(95%CI 1.05〜1.44)、認知症 HR 1.21(1.07〜1.38)。
  4. Chen CK, Wu YT, Chang YC. Association between chronic periodontitis and the risk of Alzheimer’s disease: a retrospective, population-based, matched-cohort study. Alzheimer’s Research & Therapy. 2017;9:56. doi:10.1186/s13195-017-0282-6——歯周炎9,291名・対照18,672名、10年以上の慢性歯周炎でAD HR 1.707(1.152〜2.528)。
  5. Takeuchi K, Ohara T, Furuta M, et al. Tooth loss and risk of dementia in the community: the Hisayama Study. Journal of the American Geriatrics Society. 2017;65(5):e95-e100. doi:10.1111/jgs.14791——60歳以上1,566名・5年。残存歯20本以上に対し、10〜19本 HR 1.62、1〜9本 1.81、0本 1.63。
  6. Cortexyme Inc. GAIN試験(atuzaginstat/COR388、643名)トップライン結果, 2021年10月26日発表——主要評価項目(ADAS-Cog11・ADCS-ADL)で統計的有意差なし.
  7. 厚生労働省 e-ヘルスネット「歯周病」/日本歯周病学会 各種資料.

▶ 研究の中身をもっと詳しく(歯科関係者の方へ):歯周病は認知症のリスク因子か——P. gingivalis仮説とエビデンスの現在地【エビデンス編】
▶ あわせて読みたい:歯周病と糖尿病の関係|双方向の悪循環と、治療でHbA1cが改善する理由

執筆・監修:林 剛永(はやし たけと/Kangyeong Lim・Taketo Hayashi)

日本・米国の歯科医師免許をもつ歯科医師(口腔インプラント専門)。エビデンスにもとづく歯科情報の発信に取り組んでいます。本記事は、公開されている一次資料にもとづいて作成し、著者本人が内容を確認しています。

著者は ABOI/ID(American Board of Oral Implantology/Implant Dentistry)と AO(Academy of Osseointegration)の Diplomate 公式名簿に掲載されています。名簿の掲載数は ABOI/ID が世界511名(うち日本国内3名)、AO が149名です(2026年9月時点)。ABOI/ID 公式名簿/AO 公式名簿

免責事項
本記事は一般的な情報提供であり、特定の診断・治療を推奨するものではありません。歯周病と認知症の関係は現時点で主に「関連」が示されている段階で、因果関係は確定していません。もの忘れや口の症状が気になる場合は、かかりつけの医科・歯科医療機関にご相談ください。


ABOUT ME
林剛永 D.D.S., M.S.
2015年 大阪大学歯学部卒業。大阪大学歯学部附属病院での研修、約4年間の開業医勤務を経て、2020年より米国カリフォルニア州 Loma Linda大学大学院に留学し、インプラント歯科学を専攻・修了。ABOI/ID(American Board of Oral Implantology/Implant Dentistry)と AO(Academy of Osseointegration)、双方の Diplomate 認定。現在は、インプラント治療を中心に臨床に従事しています。大学卒業後、各歯科医院によって方針や治療の幅や質にとても大きな違いがあることに驚き、患者さんが自分に最もあった治療を受けられるようになる一助になればと願い、当サイトを立ち上げました。
LINEで受け取る

LINE@にて、歯科関連の英語論文を日本語に翻訳し分かりやすく解説して配信しています。
今だけ無料で登録できるので、この機会に「お友達登録」してみてはいかがでしょうか?

LINEで論文解説を受け取る

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です