ここまで、歯科医師と歯科衛生士としてアメリカで働く道を見てきました。最後は歯科技工士です。
この職種だけ、話の組み立てが変わります。アメリカには、歯科技工士の免許制度がありません。
ですから「どうやって免許を取るか」という問いは、そもそも成立しません。代わりに、別の壁が立っています。この記事では、そこまで含めて整理します。
なお私は歯科技工士ではありません。以下は、米国労働省・認定機関・州歯科委員会が公表している資料に当たって組み立てたものです。私自身が現地で見聞きしたことは、出典のある事実とはっきり分けて書きます。
技工士になる3つの道
どれを通っても構いません。免許という関門が存在しないからです
① 働きながら覚える
技工所に入り、実務のなかで技術を習得
助手から始め、経験とともに任される範囲が広がる
BLSによれば、これが最も一般的
② 学校で学ぶ
コミュニティカレッジ・専門課程
証書または准学士号を取得
専門用語と補綴技工の体系を学べる
雇用主の評価は高い
③ CDT認定を取る
NBCが運営する任意の認定
筆記2つ+実技1つを4年以内に
7つの専門分野から選択
法律上の義務ではない
BLS職業ハンドブックおよびNBCの公表資料による(2026年9月21日確認)。
アメリカに、歯科技工士の免許はありません
標準的な学歴は「高卒」、必要な実務経験は「なし」
米国労働統計局(BLS)の職業ハンドブックが挙げている、この職種の標準的な条件です。
- 標準的な学歴:高校卒業またはそれと同等
- 必要な実務経験:なし
- 訓練:中期間の実地訓練(OJT)
日本では、養成校を出て国家試験に合格しなければ歯科技工士を名乗れません。アメリカには、その関門がありません。
多くの人は、働きながら覚えています
BLSは、技能の身につけ方についてこう書いています。
Most dental and ophthalmic laboratory technicians and medical appliance technicians learn their skills through on-the-job training. They may begin as helpers and learn more advanced skills as they gain experience.
助手として入り、経験を積みながら技術を覚えていく。これが多数派だということです。
では、どうやって技工士になるのか
① 働きながら覚える
技工所に入り、実務のなかで技術を身につける道です。体系立った知識を得にくい一方で、必要な技術には早く手が届きます。上のBLSの記述にある通り、これが最も一般的です。
② 学校で学ぶ
コミュニティカレッジや専門課程で、証書または准学士号を取る道です。専門用語と補綴技工の体系を一通り学べます。
③ CDT認定を取る
NBC(National Board for Certification in Dental Laboratory Technology)が運営する認定制度です。法律上の義務ではありません。BLSの記述です。
Although optional, certification may demonstrate a level of competence and professionalism that makes candidates more attractive to employers. It also may increase opportunities for advancement.
任意ではあるが、雇用主に対して力量を示す手段になる。免許がない職種だからこそ、腕を証明する物差しに意味が出てきます。
CDTという認定
試験は3つ、4年以内に
NBCが公表している構成です。
筆記(総合)
$275
筆記(専門分野)
$275
実技
$650
最初の受験から4年以内に3つとも合格する必要があります。受験の条件として挙げられているのは、英語の実用的な知識、高校卒業またはそれと同等の学歴、そして倫理上・法律上の問題がないこと。学歴のハードルは高くありません。
専門分野は7つ ― デジタルが入りました
選べる専門分野は、NBCの現在の案内ではこの7つです。
Ceramics, Complete Dentures, Crown & Bridge, Digital Workflow, Implants, Orthodontics, and Partial Dentures
セラミックス、総義歯、クラウン・ブリッジ、デジタルワークフロー、インプラント、矯正、部分床義歯。
この記事の旧版では「6つの専門分野」と書いていましたが、現在は7分野です。Digital Workflow が加わっています。CAD/CAMやデジタル印象の扱いが、独立した専門分野として認定の対象になったということです。
維持には年12時間の継続教育
取って終わりではありません。1年の更新サイクルごとに12時間の継続教育が必要で、内訳も決まっています。
- 法規に関するもの:1時間以上
- 学術的なもの:6時間以上(うち3時間以上はNBC承認コースの受講)
- 残り5時間:上記の追加分、専門能力開発、自己申告分の組み合わせ
免許はありませんが、規制はあります
登録されるのは「人」ではなく「技工所」
個人の免許がない代わりに、事業所を登録させる州があります。テキサス州歯科委員会の規定です。
A commercial dental laboratory and in-house laboratories with more than two technicians shall be registered with the TSBDE.
商業技工所と、技工士が2人を超える院内技工室は登録が必要。登録は毎年12月31日までの更新制で、技工所の管理者は3年ごとに法令試験を受けます。雇用する歯科医師の患者だけを扱う院内技工室は対象外です。
規制の単位が「人」ではなく「場所」なのが、日本と違うところです。州によって扱いが異なりますので、働く先の州の規定を確認する必要があります。
待遇を、正確に見ておきます
ここは、期待を持たせるより数字を出したほうが役に立つと考えました。
年収の中央値は $47,060
BLSの職業ハンドブックによる、2025年5月時点の数字です。
年収の中央値
$47,060
2025年5月
時給
$22.63
同上
雇用の見通し
−2%
2025〜35年・減少
1ドル150円で、中央値は約706万円です。そして雇用は、今後10年で2%減ると見込まれています。伸びている職種ではありません。
歯科技工士の年収の分布
最も稼いでいる1割でも、$77,460です
下位10%$33,940
中央値$47,690
上位25%$60,880
上位10%$77,460
参考:同じ連載で扱った歯科衛生士の年収の中央値は $98,100(2025年5月)。技工士の上位10%でも、これには届きません。
BLS職業別雇用・賃金統計(OEWS)の歯科技工士(51-9081)、2025年5月時点の数値が未公表のため2023年5月時点。棒の長さは$90,000を基準にしています。衛生士の数値はBLS職業ハンドブック(2025年5月)で、出典年が異なります。
上位1割でも $77,460
歯科技工士だけに絞った統計(2025年5月時点の最新版が未公表のため、2023年5月時点)では、分布はこうなっています。
- 下位10%:$33,940
- 中央値:$47,690
- 上位25%:$60,880
- 上位10%:$77,460
最も稼いでいる1割でも$77,460です。1ドル150円で約1,160万円。同じ連載で扱った歯科衛生士の中央値($98,100)にも届きません。
「腕次第で高給」という表現は、この分布を見るかぎり慎重に扱うべきだと思います。日本の歯科技工士の待遇と比べれば高いかもしれませんが、米国の歯科医療職のなかでは、高い方ではありません。
ただし、分野によって事情は違います
筆者が現地で見聞きした範囲では
私がレジデンシーを過ごしたロマリンダ大学では、日本人の歯科技工士は高く評価されていました。とくにセラミストは、周囲から一目置かれる存在でした。日本の技工士が資格を取るまでに積む訓練量と、細部への手の掛け方が、そのまま評価につながっていたように思います。
ただしこれは、私が見た一つの大学での話です。他の地域や他の職場でも同じとは限りませんし、上に挙げた統計は職種全体の姿を示しています。個々の腕が報われる場面はある。しかし職種全体の待遇がそれで底上げされるわけではない。その両方が本当なのだと思います。
本当の壁は、就労資格です
免許がない代わりに、ビザが問題になります
歯科医師と歯科衛生士では、免許が壁でした。技工士にはその壁がありません。ですが、アメリカで働く以上、就労資格は必要です。
米国の連邦規則(8 CFR 204.5(l)、2024年1月31日改訂)に、雇用に基づく永住権の第3優先(EB-3)の区分が定められています。そのうち「skilled worker」の定義です。
capable, at the time of petitioning for this classification, of performing skilled labor (requiring at least two years training or experience)
2年以上の訓練または経験を要する技能労働ができること。日本の歯科技工士は、養成課程に2年以上をかけ、国家試験を経ています。この定義には構造的に合致します。
ただし、雇用主の手続きが前提です
同じ規則で、この区分には労働許可証(labor certification)が必要とされています。これは雇用主が労働省に申請するもので、その職に就ける米国人労働者がいないことを示す手続きです。
つまり、本人の技能だけでは進みません。雇ってくれる技工所を見つけ、その技工所に手続きを負担してもらう必要があります。ここが実務上の最大の関門です。
なお、H-1Bなど他の在留資格については、この記事では扱いません。規定の本文を一次資料で確認できなかったためです。確認できていない制度を書くのは避けます。
まとめ
アメリカで歯科技工士として働く道は、歯科医師・歯科衛生士とはまったく形が違います。
- 免許制度がない。標準的な学歴は高卒、必要な実務経験はなし、訓練はOJT
- CDTは任意の認定。試験3つを4年以内、専門は7分野、維持に年12時間のCE
- 規制の単位は人ではなく技工所。テキサス州のように登録を求める州がある
- 年収の中央値は$47,060、上位1割でも$77,460。雇用は2035年まで2%減の見込み
- 本当の壁は就労資格。EB-3のskilled workerに該当しうるが、雇用主による労働許可証の取得が前提
入口は開いています。しかし、その先は決して楽な道ではありません。数字を見たうえで判断していただくのが、いちばん確かだと思います。
よくある質問
Qアメリカで歯科技工士になるのに、資格は要りますか?
A免許は必要ありません。BLSが挙げている標準的な学歴は高校卒業、必要な実務経験はなしです。多くの人が技工所で働きながら技術を身につけています。
Q日本の歯科技工士免許は、評価されますか?
A免許そのものが米国の制度上で効力を持つことはありません。ただし就労ビザの面では意味を持ちます。EB-3の「skilled worker」は2年以上の訓練または経験を要する技能労働と定義されており、日本の養成課程と国家試験を経た経歴は、この定義に構造的に合致します。
QCDTは取ったほうがいいですか?
A義務ではありませんが、BLSは「任意ではあるが、雇用主に対して力量と専門性を示す手段になり、昇進の機会も増えうる」と書いています。免許という共通の物差しがない職種なので、腕を証明する手段としての価値はあります。
Q年収はどのくらいですか?
A中央値は $47,060(2025年5月)、時給$22.63です。歯科技工士だけの統計(2023年5月)では、上位10%でも$77,460でした。雇用は2025年から2035年にかけて2%減少する見込みです。
Q結局、いちばんの障壁は何ですか?
A就労資格です。EB-3で永住権を目指す場合、雇用主が労働省から労働許可証を取得する必要があります。本人の技能だけでは進まず、手続きを負担してくれる雇用主を見つけられるかどうかが実務上の関門になります。
参考にした一次資料(すべて2026年9月21日に確認)
- U.S. Bureau of Labor Statistics「Occupational Outlook Handbook: Dental and Ophthalmic Laboratory Technicians and Medical Appliance Technicians」
https://www.bls.gov/ooh/production/dental-and-ophthalmic-laboratory-technicians-and-medical-appliance-technicians.htm - U.S. Bureau of Labor Statistics「Occupational Employment and Wage Statistics: Dental Laboratory Technicians (51-9081)」2023年5月
https://www.bls.gov/oes/2023/may/oes519081.htm - National Board for Certification in Dental Laboratory Technology「CDT Application & Exam Process」
https://nbccert.org/certificants/certified-dental-technician/cdt-application.cfm - NBC「Certified Dental Technician (CDT) Continuing Education Requirements」
https://nbccert.org/education/cdt-requirements.cfm - Texas State Board of Dental Examiners「New Dental Laboratory Registration Procedures」
https://tsbde.texas.gov/licensing/dental-laboratories/new-dental-laboratory-registration-procedures/ - 電子連邦規則集(eCFR)8 CFR 204.5「Petitions for employment-based immigrants」2024年1月31日改訂
https://www.ecfr.gov/current/title-8/chapter-I/subchapter-B/part-204/subpart-A/section-204.5
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この記事は、日本の歯科医師・歯学部生が海外で学ぶ道をまとめた連載海外歯科キャリアラボ/米国編(全12稿)の第10稿です。
執筆・監修:林 剛永(Kangyeong Lim / Taketo Hayashi)DDS, MS, DABOI/ID, DAO・平和歯科医院(愛知県西尾市) | 著者プロフィールを見る
大阪大学歯学部卒、米国 California 州 Loma Linda University Implant Residency 修了(DDS, MS)。日本歯科医師免許・米国歯科医師免許保持。アメリカインプラントボード認定機関 ABOI/ID のDiplomate 認定、Academy of Osseointegration(AO)の Diplomate 認定。歯科技工士の教育・CDT認定(NBC)の要件は年度により異なり、改定されることがあります(本記事の元情報は2025年時点)。受験・就労の可否は、NBC・ADA等の公式情報で必ずご確認ください。年収は個人差が大きく、記載の例は特定個人の事例です。
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